ビデオのお蔵入り
先週、私は昇平の一番気に入っているビデオを「お蔵入り」させていた。
ビデオのタイトルは『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ! 大人の帝国の逆襲』。先日テレビで放映された劇場版のアニメを録画したもの。
最初はお兄ちゃんが面白がって見ていたのだけれど、その中に特撮の場面が出てきたり、カーアクションの場面が出てきたりするのが面白かったらしく、じきに昇平がはまってしまった。
昇平は興味の幅が狭い分、のめり込むととことんなので、とにかくはまり方がすごい。
家にいるときは、朝から晩まで何度となくそのビデオをかけ続け、気に入った場面は何度でも巻き戻して再生し、飽きることなく見続けていた。
それだけならばまあ良かったのだが、やがて、その中の場面を真似し始めた。
ビデオの中に、博覧会の美人コンパニオンたちが怪獣から逃げてくるシーンがあるのだが、朝、登校したとき、廊下をたくさんの上級生の女の子が歩いているのを見た瞬間、その場面とリークしたらしい。
「おねいさ〜ん(はぁと)」と叫びながらその上級生を追いかけ、まったく知らない女の子に向かって、「おねいさん、おねいさん」を連発していた。
当然、女の子はびっくり仰天。一緒にいた女の子同士で「知ってる子?」「ぜんぜん知らないよぉ〜!」と言い合いながら階段を上がっていった。
それも一度ならず二度三度。
これはよろしくない。
他人を巻き込んだり、他人を驚かせたりするようなはまり方は、ちょっと見過ごしてはおけない。
というわけで、そのビデオは昇平の知らないところに「お蔵入り」にして、本人には「夢中になって見すぎていて、しんちゃんの真似をして他の人をびっくりさせたりしたから、しばらく出さないことにしたよ」と宣言した。
もちろん、本人からは猛反発を食らったけれど、そのたびにこちらは無視、無視、無視。
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そんなふうにして、1週間くらい過ぎただろうか。
昇平が「絶対にもう真似しないから、ビデオを出して・・・出して下さい」と言ってきた。
どうやら、本気でそう思っているようなので、条件付きで出してやることにした。
「またしんちゃんの真似をしたり、夢中になって見すぎたりしたら、すぐにまたしまって、あとはもう当分出さないからね」
「はい」と昇平は返事をした。
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その翌日、昇平が突然言った。
「おかあさん、どうもありがとう。ビデオを出してくれて」
昇平が学校に行っている間にビデオを出しておいたのだ。
にしても、こんなにていねいにお礼を言われたのは滅多になかった。よほど嬉しかったらしい。
その夜、昇平がビデオを見ていてなかなかお風呂に入りたがらなかったので「やっぱり見すぎになっているみたいだね」と声をかけたら、あわててスイッチを切って「明日学校から帰ってきてからまた見ようっと」と自分から言った。
しんちゃんの真似っこも・・・まぁ、時たま少しは出るけれど、「おねいさ〜ん」と見知らぬ子に抱きつくようなことはしなくなった。
お気に入りができてしまうと、とことん夢中になってしまうのは彼の特徴だけれど、でも、こんなふうにして、それに夢中でいても良いときと良くないときがあることを学んでいってくれたらいいな、と思っている。
[02/06/12(水) 15:34]