昇平てくてく日記
幼児〜小学校低学年編
兄弟・2
夕食の食卓でのこと。
自分の分をほぼ食べ終えた昇平に、おばーちゃんが声をかけた。
「昇平くん、野菜炒めのピーマンもおいしいよ」
昇平が苦手なピーマンを選り分けて食べていたのを、しっかり見られていたのだ。
昇平が返事をしないので、さらにおばーちゃんが声をかけた。
「昇平くんはピーマン好きかな?」
何がなんでもピーマンを食べさせよう、というわけではなく、食べるきっかけになればという声かけなのはわかっていたので、私は黙ってそのやりとりを聞いていた。
ところが、昇平が質問に気がつかないような様子で「ごちそうさま」と席を立ったので、今度はお兄ちゃんが声をかけた。
「昇平くん、ピーマンは好き? 嫌い?」
「嫌いだ」
と小さい声で昇平が答えた。
すると、お兄ちゃんが今度はこう訊いた。
「昇平くん、ピーマンは嫌い? 好き?」
私は思わず吹き出してしまった。うわー、懐かしいやりとりだ。
まだ昇平がよくしゃべれなかった頃、昇平は相手のことばの語尾を繰り返すエコラリアをさかんにやっていた。
「昇平くん、これ欲しい?」と言えば「ほしい」。
「これいらない?」と訊けば「いらない」。
自分の意志とは関係なく、とにかくオウム返しをすることも多かったので、特に答えを選ばせる質問のときには、わざと答えの順番を入れ替えて、本当にそれが答えなのか、それとも単にエコラリアをしているだけなのか確認するようにしていた。お兄ちゃんにもそのテクニックを伝授して、昇平の意図を確認してもらっていた。
お兄ちゃんは今、それを思い出して「好き」と「嫌い」を入れ替えて質問を繰り返したのだ。エコラリアがあれば当然今度は「好き」と答えるから、それを言質に「じゃ、好きなんだからピーマン食べろよ」と言うことができる。でも、もちろん、10歳の昇平はもうそんなことはしない。何も返事をしなかった。
笑いながら私はお兄ちゃんに言った。
「これこれ、昇平はもうとっくにエコラリアは卒業してるよ。その質問はもう効かないよ」
昇平が、すーっとお兄ちゃんの席の後ろを通って冷蔵庫に行った。扉を開けてデザートを探す。
「おい、お兄ちゃんの質問を無視するなよ」
とお兄ちゃん。それでも昇平は何も言わず、何も聞こえなかったように台所を出て行った。
「ちぇ、あくまで無視かよ。聞こえてないのか?」
とお兄ちゃんがふくれた。
私は笑いが止まらなかった。本気でむくれるお兄ちゃんもかわいくて。
「昇平くんはお兄ちゃんの言うことなら、ほとんどなんでも聞こえているよ。お兄ちゃんの言うことにはすごく関心があるからね。今、何も言わなかったのは、返事をしたくなかったからだよ」
「ほんとかー?」
と疑わしそうにお兄ちゃん。
でも、本当にそうなんだよ。昇平は、小さい頃から、お兄ちゃんのすることならなんでも関心があったし、今もお兄ちゃんの言うことにはものすごく注意を払っている。その昇平がお兄ちゃんに返事をしなかったということは、それだけ返事をしたくなかった、ということ。
お兄ちゃんが昇平にピーマンを食べさせようと画策し始めていたのを、しっかり感じ取っていたんだろうね。
それにしても、返事をしないで無視することで、相手からの無理な要求をかわす、なんて高等テクニックを、いつの間に身につけたのやら。(笑)
昇平とお兄ちゃんは6歳違い。
でも、昇平が成長してきて、少しずつ少しずつ、お兄ちゃんと肩を並べ始めたのが見えるような気がする。
もちろん、その差は大きいけれど、いつか大人になったらば、年が違っても立場は対等な兄弟同士になっていくのかもしれないね。
私と私のきょうだいたちが、今現在そうなっているみたいに。
兄弟っておもしろいなぁ、と昇平とお兄ちゃんを見ていて、つくづく感じている。
[06/01/19(木) 13:28] 日常