昇平てくてく日記2

小学校高学年編

12月(1)〜中学校との話し合い・個別懇談

12月3日(月)

(ドウ子先生の連絡帳から)

 今朝、お家にも電話したようですが、(車を降りた場所から)学校へ来る途中、側溝の蓋の穴の空いたところに傘を差し込んでしまい、折ってしまったそうです。6ー2担任のI先生と偶然会ったので助けを求めましたが、傘はさらにバラバラになってしまったそうです。私に会った時には、にこやかに「それでも怒らなかったのはえらいでしょう!!」と得意そうでした。そして、雨が降ったとしてもお母さんが来てくれるから大丈夫だよ、と自分に言い聞かせるように、何度も繰り返していました。

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 昇平から傘が壊れた、と携帯に電話がかかってきたのは、昇平が登校して間もなくのことだった。今までならば大パニックを起こしそうな出来事だったのに、落ち着いた声で「あのね、傘を壊しちゃったの。だから、新しい傘を買ってね」と言ってきた。パニックを起こした後の動揺もまったくなかったので、こちらが、おや、と驚いた。「買ってあげるよ。もし、帰りに雨が降っていたらお母さんが車で学校まで迎えに行くから心配しないでね」と言うと、「はい、わかりました」と答えて電話が切れた。
 その時と、その後の状況がドウ子先生の連絡帳に書かれていたわけだけれど、正直、本当によくこれだけ落ち着いて行動できたな、と感心してしまった。本当は最後に少し泣きそうになったらしいのだけれど、それも我慢したのだと言う。「怒らなかったよ、えらい?」と家でも言っていたので、「うん、えらい! すごくえらいよ!」とたくさん誉めた。

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 とはいえ、生活のすべてでこんなふうにコントロールが効くかというと、そういうわけでもない。
 今週は個別懇談があるので4校時授業で、下校が早い。いつもより早い時間からパソコンをやっていた昇平だったけれど、ゲームがなかなかクリアできなくて、かんしゃくを起こして怒り出した。なんど注意しても、「そんなに騒ぐならゲームを終わりにしてもらうよ」と警告しても、騒ぐのをやめない。とうとう、母にぶっつりとパソコンを切られた。
 ……はい、パソコンの電源ボタンをいきなり切ってやりました。内心、これでパソコンが壊れたらどうしよう、と考えないではなかったんですが……最大級の「母の怒り」です。(苦笑)
 昇平、泣いて謝ったけれど、「何度も言ったのに静かに遊ばなかったし、こうするって約束だったんだからね!」と言って、「そのゲームは」やらないことにして、別なゲームに変えることでまた電源を入れることを許可した。(幸い、パソコンは壊れなかった。あ〜、よかった)

 よく「朝倉さんは優しいから、昇平くんに全然怒ったりしないんでしょう?」と言われるけれど、そんなことはまったくない。私も昇平がよくないことをすれば怒る。それも、怒るときには半端じゃなく怒る。確かに普段は穏和なので、その分ギャップがあって、いつも怒ってばかりいる人よりかえって怖いらしい。
 そういう大人の存在も大事だと思うのだ。自己コントロールの力が弱い、というのがADHDを持つ子どもの特徴。自分自身を抑えられなくなったときに、それを抑えることができる大人の存在は不可欠だろうと思う。もちろん、普段はありのままの昇平を受け止める母でありたいと思っているけれど、コントロールが効かなくなって暴れたり他人に危害を加えたりするような行動は認めるわけにはいかない。そういう場面になりかけたときに「抑えられる大人」であるために、私はやっぱり、「怒るととても怖い母」でいる。それが必要なんだ、と。
 今回も昇平は「お母さんはきびしいね」としみじみと言っていた。「当然でしょ。だいたい、お母さんに逆らおうだなんて10年早い!」と言い返したけれど。
 10年たったら、君も大人になって、自分の力で自分の暴走を抑えることができるようになっているかな。そうなったら、母も「怒ると怖い母」を卒業させてもらおう。

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12月4日(火)

 昨日の出来事が応えたのか、今日もゲームがうまくいかなくて怒りかけたけれど、自分から、はっと気がついて思いとどまっていた。よしよし、えらいぞ。
 週末に予定されていた親の会の忘年会が、都合で参加できなくなってしまった。毎年昇平を連れて参加していたので、昇平がとてもがっかりした。泣きわめくのではなく、静かに夜枕を濡らすような泣き方で、ああ、こんなふうにイベントを楽しみにするまでに成長していたんだ、と改めて思った。人と集まって楽しい時間を過ごすことを、以前よりずっと楽しみにするようになっている。「土曜日、町に遊びに連れていってあげるからね。いつものハンバーガー屋さんじゃなくて、もっといいお店に行ってお昼を食べようね」と言って慰めた。

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12月5日(水)

 夕方から旦那と二人で中学校へ行き、来春の入学のための話し合いをしてきた。
 先方では校長、教頭、情緒障がい特別支援学級の担任の三人の先生方が出席してくださった。
 まず、去年からずっと特支学級、特に情緒級の様子を学校公開で見学してきたこと、対応がどんどんよくなってきていると感じたことを話して、来年から昇平も情緒級でお世話になりたい、というこちらの意向をはっきり伝えた。特支学級でトラブルが起きるのは、子どもたちの特性からして当然のこと。大事なのはそこで大人たちが「トラブルにどう対応するか」ということだし、それがとても良くなったと感じたのだ、と話した。

 普通学級との交流授業を望んでいることも話した。……正直、このあたりは、「普通学級での授業の方がランクが上と思っていて、できるだけそちらの授業を受けさせたがっている教育熱心な母親」と受け止められたような気がする。(苦笑)
 実際には、発達障害があるからと言って、必ずしも個別級での授業が最高とは思わずに、子どもの状態を見て臨機応変に最適な学習環境を考えていってほしい、ということを言いたかったのだけれど。子どもによって、教科によって、個別指導が向いている場合と、大集団での指導が合っている場合があるから、そこを教師の目で見分けて、柔軟に対応してほしいと思ったのだ。

 ただ、教科担任制という中学校のシステム上、小学校と違って交流授業を実施しにくい状況にあることはわかっている、とは伝えた。本人の能力的な問題もあるので、とりあえず、入学後は特支学級に慣れることをまず最優先させ、様子を見ながら、できるところから交流も考えていく、ということで合意した。
 「こちらとしては、どうしても高校に進学させたい、とか勉強ができるようになってほしい、とか考えているわけではないんです」と旦那がフォローしてくれた。今までずっと学校が大好きで、一度も「学校に行きたくない」とは言ったことがない子なので、その気持ちを中学校に入ってからも失わないでほしいと思っていること、中学校が本人にとって安心して過ごせる場所になることを一番に願っていること伝えたら、校長先生が大きく何度もうなずいて、「そのお気持ちは、こちらもよくわかります」と言ってくださった。なんだか本当にそれだけでも、この中学校に期待してみよう、一緒に協力してやっていこう、という気持ちになった。

 とはいえ、来年度は新入生も含めて情緒級は7名になるという。学年も複数にわたる。その中でどんな風に授業を進めていくかは、学校側がこれから検討していくという話。
 実際に新学期になれば――あの子どもたちのことだもの――担任一人にはあまりにも負担が大きくなるのは目に見えている。
 幸い、介助に入ってくれている先生が、とても良く気がつく対応の上手な方だったので、このまま来年度も続投で介助に入ってもらえたら、昇平たちが中学校に行ってもよほど安心していられるのだけどな、と思った。とにかく、彼らに介助は不可欠。それだけはぜひお願いします、と強く強く要望してきた。

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12月6日(木)

 午前中は親の会の支部例会。来年3月までの学習会などの打ち合わせ。最近入ってきた新しいお母さんたちが、次第に明るい顔になってきた気がする。やっぱり、同じような立場のお母さん同士で集まって話すことが、元気の素になっていくんだよね。

 午後からは、小学校の個別懇談。ドウ子先生から最近の学校での様子を聞き、昨日の中学校との話し合いの内容をお伝えした。
 昇平、小学校では自分自身に関しては特に大きな問題はなし。ただ、どうしても低学年の子どもたちが駄々をこねたり騒いだりすると、それに引きずられる形で興奮して怒ったり暴力的になったりするという。とはいえ、それが今になって問題になっているのは、本人の認知力が伸びて、自分の周りの様子が目に入るようになったから。これは成長が生んだ新しいトラブルであり、それは本人自身が抱える問題だから、どれほど周囲で適切な対応をしてもなかなか改善してはいかないんだ、ということも話し合った。それでも、何も見えなくてトラブルを起こさない状態よりは、トラブルを通じて対応を学んでいく今の状態の方がずっといいと思う。その都度、学校でも家でも適切な指導をしていくことを確かめ合った。
 小学校生活もあと3ヶ月ちょっと。そこでできるだけの経験をつんだら、あとは中学校にバトンタッチ。中学校でもできるだけのことを学んだら、さらにその先へバトンタッチ。そうやって、長い長いスパンで支援されながら成長していくのが、この子たちなんだと思う。

 ところで、個別懇談で意外な事実が判明した。
 昇平が給食を口に詰め込みすぎて、吐きそうになりながら食べているのだという。
 「おうちでもそうですか?」とドウ子先生に聞かれて、「え?」と私。確かに、数年前まではそんな食べ方をしていたこともあったが、今はまったく見られなくなっていたから。どうしてかわからなかったので、家に帰ってから昇平に聞いてみたら、にやっと笑って、「だって、給食の味がまずいんだもん」。どうやら、家の味付けと違ったり、冷めていたり、苦手な食材(グリンピースや豆など)が入っているのを急いで食べてしまおうとして、詰め込み食べになっていたらしい。一口分ずつ食べた方が、逆に早く食べられるんだよ、と話して聞かせた。

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12月7日(金)

(ドウ子先生の連絡帳から)

 昨日はありがとうございました。そして給食指導もありがとうございます。
 昇平くんはいつもそういう食べ方をするもの、と思いこんでいたので、特にお知らせもしませんでしたし、「給食だけを詰め込んでいる」とは気づきませんでした。こんな小さなことでも話し合ってみないとわからないなんて、もしかして、もっと重要なことで間違った捉え方をしているのではないか……と少々不安にもなりました。改めて保護者の方との話し合いの大切さを感じました。

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 学校と保護者との話し合いは本当に大事だな、と私も思った。家と学校とでは、子どもの様子が違うから。
 この日もやっぱり給食を詰め込み食べしていたらしい。帰宅してきてから、「そういう食べ方をすると、唾液が混ざりにくくなって消化が悪くなること」「喉の奥を刺激されて嘔吐反応が起きること(まあ、もっと易しいことばを使ったけれど)」を説明したら、「えっ、そうなの?」と驚いていた。……ほんとに、わかっているようでわかっていないよねぇ、キミは。(苦笑)

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12月8日(土)

 キャンセルになった忘年会の代わりに、福島駅へ昇平を遊びに連れていく。ゲーセンで遊ぶ間、私はファーストフード店でコーヒーを飲みながら読書。もう、このパターンは本当に心配がなくなった。一人で自由にゲームをさせても、金を使いすぎることもない。40分くらい遊んで、400円しか使わなかったという。そのうちの300円は私からもらった小遣いで、残りの100円が自分の財布から出したもの。自分の金だと思えば、大事に使うようにもなるんだね。
 その後、イタリアンレストランに入って、一緒にランチを食べた。時間が早かったこともあって店内はすいていた。もちろん、小さな子どもの声もなし。ちょっと改まっている分、昇平の話し声の大きさなどに少し気を遣ったけれど、落ち着いて食べていて、おおむね合格の態度。これからはこういう店も行動圏内に入れていいのかもしれない。

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12月9日(日)

 何かと忙しかった週もようやく終わり。年末を迎えて旦那は今日も仕事へ行った。兄ちゃんは散髪と買い物のために福島市へ。私と昇平は、特に外出することもなく、のんびりと休日を過ごした。やれやれ、お疲れ様――。

[07/12/10(月) 10:31] 学校 日常 発達障害

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