昇平てくてく日記3

中学校編

学校でのトラブルと対応

 ずっと、学校でも家でも割と安定した毎日を過ごしていた昇平だったが、水曜日に突然、担任の岩沢先生から電話がかかってきた。私は買い物中で祖母が電話に出たのだが、学校でトラブルがあった、詳しい経緯を連絡帳に書いておいたから読んで欲しい、という内容だった。正直、ドッキリ。何がどうしたのかと心配だったけれど、とにかく昇平を待った。

 夕方、帰宅した昇平からさっそく連絡帳を受けとって目を通す。以下はその抜粋。


 「本日4校時終了後、1年男子とのトラブルがありました。昇平くん、L子ちゃん、介助員が協力学級から自分の教室に戻る途中、1年男子の声(注:どうやら、からかいの声をぶつけてきたらしい)にL子さんが大声を上げ、昇平くんはそれに対して、言った者に注意しようと手に持っていた教科書を1年生男子数名に投げつけました。教科書は関係ない別の男子生徒に当たり、こめかみのあたりが少し赤くなりました。放課後に、言った生徒、教科書が当たってしまった生徒、昇平くん、言った生徒の担任、岩沢が参加して、お互いに反省、謝罪する仲直りの会を持ち、指導しました。」


 うーむ、なるほど。
 私自身のコメントは何も言わずに、次に昇平自身からも事件の様子を聞いた。昇平はとにかく状況説明が上手くないから、何度も質問して確かめると、どうやら、昇平自身はからかわれたことそのものよりも、それに反応したL子ちゃんの声に反応して衝動的な行動に出たらしいとわかった。なにしろ昇平は人の大声や金切り声が苦手だから、それをやめさせたくて、相手に教科書を投げつけたら、まったく無関係な子に当たってしまったらしい。

 教科書が関係ない子に当たったとき、どう思った? と昇平に聞いてみた。
「しまった、と思った」
 じゃあ、その教科書が、からかってきた子に正しく当たったとしたら、そのときには、どう思ったとおもう?
「やった、と思ったとおもう」
 まあ、それはそうだろうね。でもね――


 そこから後、そういう場面で教科書を投げつける、というのは本当に正しい行動だろうか? と昇平に尋ねる形で、自分の取った行動の適当性を考えさせた。もちろん、昇平は「正しくなかった」とは答えるけれど、じゃ、どうしてそれが正しくないの? と聞くと、「だって投げつけるのは良くないから」。つまり、そのことが「何故」良くないかがわかっていなかった。
 教科書が当たったら、当たった人に怪我をさせるかもしれないでしょう。今回よりもっとひどい怪我になったかもしれないよ。血が出たかもしれないよ。目に当たったりしたら、目が見えなくなるかもしれないんだよ。お母さんが昔教えたことのある子はね、部活動でボールが眼鏡に当たって割れて、片目が見えなくなってしまったんだよ……そんな話も聞かせて。今回のように、まわりの関係ない人まで怪我させる可能性があることを教えて。
 さすがの昇平も、それは納得したようだった。

 じゃあ、どうすれば良かったんだろう? とさらに尋ねると、
「言わないで、って、相手に口で言えば良かった」
 そうだね、やめて、ってことばで言うのが本当だよね。教科書投げたりするんじゃなくて。でも、そう言っても相手が全然やめてくれないことってのも、よくあるんだよ。そういうときにはどうする?
「なぐりに行く」
 ――違う!(苦笑)
 まあ、その気持ちはわかるけどね、と心の中でつぶやきつつ、それも間違いだよ、と言ってさらに考えさせる。
 しつこく言われてもその場では無視する。そして、後で先生に言いに行く――という対処法をやっと確認することができた。


 その後、例によって「ぼくはダメだ、失敗ばかりのダメなヤツだ」と言い出したので、こういう失敗は誰にでもあるんだよ、失敗の経験を通して、「次は失敗しないようにがんばろう」って思って、だんだん上手くできるようになるんだよ、と話して聞かせた。
 「本当にできるようになるかなぁ。自信ないなぁ」と言うので、さらに話す。もちろん、一度にできるようにはならないよ。でも、やろうと本気で思えば、きっと10%くらいなら我慢できるようになるよね。次の時には20%くらい、その次の時には30%くらい……って、少しずつ増えていって、最後には70%とか80%とか我慢できるようになるんだよ。
 100%はあえて口にしなかった。誰だって、100%完璧なんてことはありえないから。
 そうしたら、昇平が言った。
「失敗は成功の元?」
 最近、ことわざや四字熟語の本にはまっていたので、そんなことばが、すっと出てきたらしい。
 そうそう! それそれ! 失敗したっていいんだよ。みんな、失敗を通じてできるようになっていくんだから、と話したら、やっと昇平の顔が明るくなった。

 私自身は、その後、夜になってから、怪我をさせたお子さんの家に電話をして、お子さんとお母さんにお詫びを言った。「 本がぶつかったところも大したことはないし、大丈夫ですよ」と言ってもらえて、本当にほっとした。


  ☆彡☆彡☆彡☆彡


 トラブルなんて、起きないにこしたことはない。それは当然だけど、子どもたちはやっぱり子どもだから、まだいろいろなことがわかっていないし、自分を抑えることも難しい。だから、どうしたってトラブルは起きてくる。トラブルをトラブルのままにしないで次へのステップに変えていくことが、何より大事なんだ、とすごく思った。

 最初から間違わない人間なんていない。失敗を一度もしない人間だっていない。でも、人間には学習能力がある。それは昇平たちだって同じ。
 どれほど理解のよい学校だとしても、からかう子たちは絶対にいるし、見えない障害を持つ子のことを理解できない子たちも必ずいる。昇平たちだって、どれほど一生懸命周囲が対応したって、やっぱり自分を抑えきれなくて爆発することがよくある。
 それが大きなトラブルになる前に丁寧に対応していくこと。お互いが理解できるように。自分がどうするべきかがわかるように。その場面に合わせて、その子の心に合わせて、きちんと教えていくことこそが、何より大切な支援になるんじゃないかと思う。障害のある子にも、ない子にも。

 そして、この一件以来、「失敗は成功の元」が昇平のお気に入りになった。良いことばを自分のものにしたな、と思って見ている。


  ☆彡☆彡☆彡☆彡


 連絡帳で、家庭で昇平と話し合ったことと、先方に電話を入れたことを報告したら、岩沢先生からこんなコメントが帰ってきた。

「昨日の件、フォローをありがとうございます。学校でもしっかり支援してまいります。今後ともよろしくお願いします。」

 はい。
 家庭でも家庭でできる限りの支援をしていきますので、これからもよろしくお願いいたします。

[08/07/11(金) 08:41] 学校

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