昇平てくてく日記3

中学校編

とことんつき合う

 ADHDという診断名がついていても、その状態像はその子(人)によって様々だ。大事なことを忘れてしまったり、話を聞くうちに混乱してわからなくなったりする不注意型の子。じっとしていられなくて、ウロウロ歩き回ったり、とにかくいつも何か動いていなくてはいられない多動型の子。そして、ちょっとしたことで爆発したり、目についたことに後先考えずに反応してしてしまう衝動型の子。たいていはそれらの特徴が一人の子の中に入り混じっているのが普通で、それも年齢によって強く出る症状が違っていたりする。

 昇平の場合も多分に漏れず、複数の特徴が入り混じっているけれど、最近特に目立つようになってきたのが衝動性から来る爆発。たぶん、思春期という年代も関係しているのだろう。以前はパニックになっても他人に手を出すことはしなかったのに、最近は周囲の人に手が出る足が出る。体が大きくなってきて力も強くなってきたから、あまり激しいと危険を感じることさえある。
 とはいえ、爆発はたいてい学校で起きる。家でも起きないわけではないけれど、すぐに落ち着く。担任や校長に話を聞いてみると、昇平自身が原因で起きることはほとんどなくて、たいていは他の子からちょっかいを出されたとか、いじめられている子を守ろうとしたとか、急に大声を出されて驚いてパニックになったとか(聴覚過敏があるから)、外からの要因で起きているのだという。それだけ学校という場所は刺激が多いということだし、中学生という独特の年代の子どもたちの集団だからということもある。昇平も衝動性が強まっているけれど、他の子たちもこの年代には落ちつきがなくなっている。特に男の子たちはそう。そんな難しい年頃の子たちと毎日向き合っているんだから、中学校の先生方も大変だよね……。


 学校では、そういった周囲の状況も踏まえながら、昇平と周りの子たちに指導を続けてくれている。成果が出るには時間がかかるけれど、それでも根気よく対応を続けてくれている。
 では、家庭でできることは?
 昇平は学校で喧嘩してしまったときやパニックを起こしたときに、帰宅してから報告してくれるようになった。「今日もまた自分に負けてしまった」と。昨日も2回騒いでしまった、と言っていた。一度は相手にしつこく言われて腹を立てて喧嘩に。もう一度は急な大声に驚いてパニック。自分でやってはいけないとわかっているのに、ついやってしまう、騒いでしまう。「自分でもどうしようもないんだ」。
 わかっているのに、後からならちゃんとわかるのに、その場では抑えが効かなくなる。わかっているだけに、つらいよね。
 昨日はちょうど診察日だったから、「自分でそのことを先生に話しなさいね」と言った。相変わらず筋道立てて説明するのは苦手だし、自分の口では言いたくない話ではあったけれど、ちゃんと主治医に報告することができた。主治医は、その様子を踏まえた上で、薬の微調整を行ってくれた。ほんのちょっと、かっとなるエネルギーが抑えられるだけでも、ずいぶん違うはず。だって、自分で「なんとかしよう」という気持ちは持っているから。

 病院に向かう車の中で、昇平が言っていた。
「俺、騒いだときにみんなに『おまえらみんな裏切り者だ』って言ったんだけど、やっぱり裏切れないな」
 ん? なんだか意味が通じない。よくよく聞いてみたら、本人は「おまえらみたいにうるさい奴らとは縁を切ってやる」と言いたかったらしいし、「だけど、やっぱり縁を切ることなんかできないな」と考えたのだとわかった。
 裏切る、というのはそういう意味じゃないよ、と教えてから、「そうだね。人間ってのは一人では生きていけない生き物だから、誰とも縁を切ってしまうなんてことはできないよね」と話した。
 その話は、病院からの帰りの車中でも続いた。人間は一人では何もできないこと、一人ではとても弱い生物だということ。自分だけでは自分の身を守れないこと。必要なものを自分一人ですべてまかなうことができないこと……。

 人間にはライオンみたいな強い爪や牙も、馬やシマウマみたいな逃げるための速い足もないでしょう? だから、他の動物に襲われたら、ひとたまりもないんだよ。
 昇平くんは家に住んで、暖かい服も着てるけど、家がなかったらどうだろうね? 服がなくて裸だったら? とても生きていけないよね。毎日ご飯も食べるけど、それを材料の野菜や魚や肉を手に入れることからやりなさい、って言われたら、とてもできないよね。
 家を造ることも、食料を手に入れることも、病気になって病院で治してもらうことも、その他のありとあらゆることも、たくさんの人たちがみんなで力を合わせてやっていることなんだよ。それは昇平くんだけでなく、他のみんなも同じで、それぞれが自分にできることをやって協力するから、人間はこうして生きていられるんだよ。人間は集団で生きる生き物なの。だから、みんなと仲良くしなさい、って言うの。自分が生きていくために、人間はみんなと仲良くするんだよ。
 昇平にできるだけわかりやすい例をあげながら、そんな説明をしていったら、昇平もそれなりに、なるほど、と思ったらしい。「人間は協力しないと生きられないものなんだね」と言うようになった。

 でも、それだって、わかったから明日から急に怒らないですむようになるか、と言えば決してそんなことはない。わかっていたって、やっぱり怒ってしまうだろう。薬の調整をしてもらったって、パニックになるときにはなる。ただ、そういう小さな積み重ねが、やがて本人の力に変わっていくんじゃないかと思っている。学校が子どもたちへ繰り返す指導だって、今すぐには劇的には変わらなくても、きっと時間と成長が、目に見える成果を生んでくるはず。
 子ども本人を見ながら続ける働きかけが無駄になるなんてことは、絶対にないと思う。


 先日の学習会で、講師の臨床心理士の先生からこんな話を聞いた。
「小学生ならば3,4年生が、中学生ならば2年生が、一番難しくて大切な時期です。お子さんがこの年代の親御さんは、今一度ふんどしの紐を締め直して、腹をくくってお子さんにつき合ってあげてくださいね」
 昇平もあと半年足らずでその中学2年生になる。もうしばらく大変な時期は続くかもしれないけれど、本人が自分を良くしていこうという気持ちを持っているから、それを信じて、とことんつき合っていこうと思う。

 ……母親の私自身の楽しみと息抜きも忘れないようにしながら、ね。(笑)

[08/11/21(金) 08:37] 薬・療育

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