自己肯定への道
〜ひとりのADHD女性の手記〜

By くらげ


その3


今回は自己肯定に関しては、ちょっと後退の内容。就職編その1です。

学生時代に、自分に無理のないマイペースの生活を心がけていただけに、マイペースではすまされないに違いない就職に対する不安は、かなり強いものでした。
当時の福祉系の学生は、大体4年生になった頃から就職活動を行う(具体的に動く)という感じでしたが、その1年くらい前から将来に対する不安が出てきました。上手く適応できなかったら自分はどうなっちゃうんだろう?とも思っていて、実習で精神保健センターに見学に行った時、併設されている精神障害者の作業所を見て(利用者はいなかったのですが)「将来気がおかしくなっても行き先はあるんだ」とホッとしたくらいです(←何の為の実習なんだ)

とりあえず、時間のある学生時代でも家事全般ろくにできていなかったので、「仕事」と「家事」の両立は絶対無理と悟り、地元に戻ることに決め、新事業を始めるのでたくさん募集のあった社会福祉法人に、なんとか滑り込んで就職。知的障害者の入所施設に配属されました。

「思っていたよりは大丈夫かも?」というのが初めの頃の印象。働き始める前にとことん悪い想像をしていたからでしょうか。
文書作成の提出期限が守れなかったり、利用者への接し方で悩んだり、当たり前のことを知らないらしいことに気付いたりはあったんですけどね。
その後、どん底に落ちるひと言をつきつけられるのですが・・・。

働き始めて2年目か3年目でした。「ふざけてないで、ちゃんとやって下さい」と後輩職員に言われたんです。
きっと仕事中気がそれて動きが止まっていたり、効率の悪い無駄な動きをしていたりしたんだと思います。
でも当時は、自分の動きが遅いことはわかっていたけど、不注意という自覚はありませんでした。自分は真面目にやっているつもりだったから、「ふざけてないで」という言葉がとてもショックでした。

例えば、提出期限を守らなかったことで注意されても「仕方ないな」と思えます。事実だから。
でも、「ふざけてないでちゃんとやって」なんていう曖昧で自覚がないことはダメでしたね。「その1」で書いたように、それまで人に非難された経験があまりなかったし。
ADHDの人はこういうことを繰り返し言われて、二次障害になっていくというケースも多いんでしょうね。私はこの1回で済みましたが・・・。

その後、直接言われなくても、やっぱり同僚たちにどう思われているのかは気になりました。テキパキ動けなくて仕事が遅いのは事実だし。施設の生活には「日課」というものもあるし、マイペースとは言ってられません。
福祉の現場はチームワークで成り立っているので、1人が足を引っ張れば、他の人がその分やらなくてはならないということになります。
利用者に対する直接的な支援以外のこと(片付け、デスクワークetc.)なら、勤務終了後に時間をかけてすることもできますが。

遅いというのではなく、不注意による失敗もやらかしてきました。
なかには利用者にとても迷惑をかけてしまったことも・・・。
利用者に悪かったという思いも当然ありますが、同僚たちがどう感じているのかが、やはり気になりました。

比較的若い職員が多い現場。5年も働けば中堅の仲間入りです。新人や後輩たちへの指導もきちんとしなくてはなりません。(もちろんまだ上司たちから教わることは多いし、2年目だって新人には教える立場になりますが。)
これがとても苦手でした。能力的にというよりは、自分に自信が持てなくて。
誰が見ても明らかに間違っていることは、まだ指摘することが出来るのですが、利用者対応等、人によって多少やり方や考え方が違うものもあります。「そのやり方はちょっとどうなのかなぁ・・・」と感じても、言えないことが多かった。
なにしろ、少し慣れてくると新人職員の方が何年も働いている私よりもテキパキと動いています。「自分の仕事もろくにできないのに、何を偉そうに言っているんだ」と思われるのが恐かったのです・・・。
当然、同期や先輩に当たる職員に対して、おかしいと感じることを指摘することもできませんでした。


この原稿は療育掲示板に投稿された記事を、筆者の了承を得て再掲したものです。
問い合わせ等は 朝倉玲 ley@nifty.comまで

(掲示板投稿日:2007年8月19日)





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