 | 自己肯定への道 〜ひとりのADHD女性の手記〜
By くらげ |
その8
前回、大波乱(?)等と書きましたが、何があったのかというと、身体障害者の入所施設に異動になったのです。
だから、「その7」で書いた同僚に意見を言うというのも数ヶ月しか実行できず、あと1年異動せずにいたかった・・・というのが本音。
1つの施設しか知らないと視野が狭くなるので、ある程度経験を積んだら異動があるというのが、私の勤めている法人の方針です。
ADHDを知る前になかったのは単なる偶然なのですが、診断後、職場でも上の方の人にカミングアウトをした時に、仕事の立て直しをしたいから今は異動をしたくないと伝えていました。
それから1年以上が過ぎ、異動の内示。自分でも「今ならどうにかなるかも・・・」と思えるようになったので、覚悟を決めました。
学生時代、介護技術を勉強していなかった私は、現場で基本から身につけることに。
もちろん基本だけではなく、障害の部位、種類、利用者の特性等により1人1人介助方法は違うし、変則勤務なので各勤務形態ごとの業務内容も頭に入れなくてはなりません。
新しいこと、慣れないことが苦手な私には、コピー機の使い方が違うというようなことすら混乱の元。初めの頃は休日でも不安に押しつぶされそうになっていました。
不安の一番の原因は覚えるのが苦手だということ。
頭も混乱するけれど、体で覚えるというのもできないんですよね。体を動かすのが下手だし、画像の記憶も弱いので、見て覚えることもできない。
上手くいっても、今回は何が良かったのかがわからなくて、次回に生かせないということもあります。
いつまでも職員が付いて教えてくれるわけではないので、わからないことだらけで、内心いつでもビクビクしてました。
仕事に多少は慣れてきてからも、不安はつきまとっていました。
大変だったことの1つがスピードを求められることです。
利用者の日課はゆったりしているのに、介護は本当に多いのです。
「その4」で書いたように、動きが遅い私。1人の介助に時間がかかると、他の利用者さんを待たせたり、一緒に組んで現場に入っている職員に負担がかかることになります。
利用者や同僚たちにどう思われているのかが、すごく気になってしまいました。
それまで一緒に働いた経験のない職員がほとんど。私のいい面はわからず、悪いところが目についてしまう可能性も充分あります。
でも、実際には同僚たちには助けられていて、面と向かって文句を言われたことはありませんでした。内心どう思っていたかはわかりませんが・・・。
余裕は全くなかったけれど、やらなきゃいけない最低限のことはどうにかできるようにはなっていたから、許容範囲だったのかなぁ? 私なりには頑張っていることは伝わっていたと思うので、何か言ったところでどうしようもないと感じていたのかもしれませんけどね。
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