昇平てくてく日記

幼児〜小学校低学年編

診察日・5

◎5月23日の記録

 リタリン  1回目 8:00  2回目 13:00頃

   ☆★☆★☆

M病院に定期検診に行った。

最近、病院に行くのは夕方の4時過ぎ。ちょうど薬の切れる時間帯に当たっていることもあって、診察室での昇平は、ちょろちょろ、がたがたと多動がひどいことが多かった。おまけに、勝手に喋って私たちの話を妨害するわ、勝手に先生の物はいじるわ。先週などは、それを止められたら、「注射器が欲しい」と言いだし、パニックになってしばらく手がつけられない状態になった。
これでは、いくら「最近良く変化してきています」と報告しても、なかなか信用してもらえない感じだったのだが、今日は、朝から調子が良かったらしく、今までになく良い姿を見せることが出来た。
昇平が描いた絵を見ながら、先生が「これはなんなの?」と尋ねたら、「おはな」とか「おひさま」とか「おつきさま」とか答えられた。先生にこれだけきちんと応答が出来たのは、たぶん初めてのこと。
私たちの言葉に口を挟むこともなく、おとなしく診察台に寝転がって、持っていった本を眺めていた。
もっとも、今週も先生の机の上の懐中電灯には興味を持って、勝手にいじって手放さなかったが。(^_^;)

   ☆★☆★☆

この2週間の報告をしながら、大人数の集まりになると、昇平が極端に怖がって拒否症状になることを話した。
それも、リタリンを飲み始めてからおこるようになったことで、それ以前には、どんな大人数でも全然頓着しなかったことも。

少し、周囲の状況が認知できるようになってきて、『部屋にたくさんの人が集まっているな〜』とは分かるようになったのだが、『どうして(なんのために)みんなが集まっているんだろう?』というところまでは状況判断できないものだから、それで怖くなってしまうのでしょう、とY先生に教えられた。
なるほどなぁ、と思った。
そういえば、朝のうちから集まりについて説明しておいたりすると、本番の時に拒否反応がぐっと少ないことがあったっけ。

自分が今置かれていたり、自分の目の前で起こっていたりする状況を、見て判断することは、昇平にはまだ難しい。言葉で説明を聞いても、やはりなかなか理解できない。
最近、言葉も行動もぐっと成長してきた昇平だが、やはり、この状況判断の部分は成長が立ち遅れている印象を受ける。
昇平が少しでも自分の周囲の状況を理解しやすいように、また、周囲の状況に目を向けやすいように、と保育園でも家庭でも、意識して取り組み始めたところだが、この取り組みが、どう実を結んでいくか・・・。
今はまだ、観察の真っ最中でいる。

   ☆★☆★☆

【ADHDの診断、治療開始の時期について】

前回進呈した「てくてく日記」を見て、Y先生も『ADHD』のビデオを購入なさったらしい。そこから話が始まって、ADHDの子どもが診断を受け、治療を始める時期の話になった。

ADHDについて話を聞いていると、小学校に入学してから上手く集団生活に適応できなかったり、授業がじょうずに受けられなかったり、先生などに言われたりして診察を受けに来て、ADHDと診断される子どもが、圧倒的に多いようだ。アメリカなどでは基本的に就学以前の子どもにはADHDの診断は下さないことが多い、という話も本で読んだこともある。
だが、実際のところ、学校に入ってからADHDと診断され、治療を始めるのでは、すでに遅いのではないかな、とY先生はおっしゃるし、私もそういう気がしている。
就学年齢になれば、もう本人も周囲の友達も、自分たちに期待されている行動や能力のレベルを知っている。それが出来ない自分や友達を責めたり、バカにしたり、と言うことが起きてくる。自尊心が気ずつけられ、劣等感のかたまりになって自身を無くし、それが後々の成長に影響を与えていってしまう。

もちろん、小学校でも中学校でも、あるいは高校や成人になってからでも、ADHDとはっきり診断を受け、治療や生活の工夫を始めることには、とてもとても意味がある。いつから始めたって、決して無駄なことはないし、効果がないと言うわけでもない。
ただ、それをもっと早い時期、つまり幼児期から始めることが出来れば、本人も周囲もあまり苦労しないですむのではないか、ということなのだ。

例え1,2歳程度の幼児でも、見る人が見れば、ADHDかどうかは診断がつくという。
その時点から生活の仕方を工夫してやったり、必要な時にはリタリンを投与したりしていけば、もっと早く、もっと楽に(普通の子たちに近いペースで)成長していけるのではないだろうか。
今、昇平は4歳からリタリンを始めているが、少なくとも彼の場合、小学校に入ってからこれを始めたのでは手遅れだっただろう、と言う気がしている。
学校に入ってからは、授業を通して大量の学習をしなくてはならなくなる。人間関係や生活習慣の基礎は、それ以前の段階で築いておく必要があるのだ。
やれるのは、今しかないのだ。(Y先生は、多動がひどくて自閉傾向の強かった2才台の頃に治療を始められれば最高だったかもしれませんね、と言う。・・・そうは言われても、う〜ん、今となっては・・・苦笑)

診断と治療の開始は、早ければ早いほど良いのではないか。
今、私はそんなふうに思うようになっている。

[00/05/24(水) 09:36]

[表紙][2000年リスト][もどる][すすむ]