昇平てくてく日記
幼児〜小学校低学年編
物語り
◎6月24日の記録
リタリン 1回目 8:00 2回目 12:00頃
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最近、寝る前にお話をすることにしている。
もともとは、寝付きの悪い昇平が、いつまでも電気をつけて遊びたがっているので、「電気を消してお話をするよ〜」と言って布団に入らせようとしたのが始まり。
電気を消しているから、絵本を読むわけにはいかない。かといって、素語り(物語を記憶して、本無しで読み聞かせること)が出来るほど、いろいろな話を知っているわけでもない。
そこで、子どもたちが好きなキャラクターを登場人物にして、毎晩お話を作って聞かせることにしたのだ。
登場人物は毎晩同じ。「ポケモン」に出てくるピカチューとピチュー、それに「とっとこハム太郎」に出てくるハム太郎とリボンちゃんとトラハムちゃん。ピチューは最近登場した新しいポケモンで、ピカチューの子どもバージョン。長い耳と大きなお目目、頭でっかちのウサギみたいなキャラクターで、昇平が大好きなのだ。リボンちゃんとトラハムちゃんは女の子のハムスターで、それぞれに昇平とお兄ちゃんのお気に入り。
ちなみに、私のお話の中では、ピカチューはしっかり者で優しいお兄さん、ピチューは素直でかわいらしい弟、ハム太郎はいたずらでお調子者、リボンちゃんはかわいくて優しい女の子、トラハムちゃんはスポーツの得意な元気な女の子、という設定になってる。
ピカチューとピチューには、うちのお兄ちゃんと昇平の性格を参考にしてあるのだが、それを察しているのか、2人とも、それぞれに自分とオーバーラップさせて聞いている節がある。(笑)
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さて、ではどんな物語かというと、別に大した内容ではない。(^_^;)
みんなでピクニックに行ってお弁当を食べて帰ってきたり、海水浴に行って泳いでかき氷を食べて帰ってきたり、キャンプに行ってテントを張って、ご飯を作って食べて、夜空の星を見たり・・・
特に事件は起こらないし、ただ、何かをして家に帰ってくるまでの過程を、昇平に分かるレベルで語って聞かせるだけ。
私としては、ドラマティックな事件が起こった方が面白くて好きなのだが(そして、お兄ちゃんもその方が面白いようだが)、たとえばハム太郎が川に流されてしまったり、迷子になったりすると、それだけで昇平は心配になって、話を聞かずに逃げていってしまうので、今のところは平和な日常バージョンで物語を進行させている。
昨夜聞かせたのは、こんな物語だった。(ちなみに、風邪気味だったお兄ちゃんは、この時にはもう眠ってしまっていた。)
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母: 今夜はね、みんなでいっしょにお風呂に入ったお話ね。
さあみんな、お風呂に入りますよ〜。
「ハーイ」ピカチューがお風呂に入りました。
「わーい、お風呂だ〜いすき」ピチューもお風呂に入りました。
「風呂に入るぞ〜」ハム太郎もお風呂に入りました。
「お風呂お風呂!」リボンちゃんもお風呂に入りました。
昇平:トラハムちゃんは?
母: トラハムちゃんはね、「わたし、お風呂嫌いだから入らない〜」って言いました。
昇平:ダメ。 入る!
母 :「ん〜・・・じゃ、やっぱりお風呂にはいる」トラハムちゃんもお風呂に入りました。
お湯に入る前に体を洗います。
ピカチュー、ごしごしごし。
(と昇平のお腹のあたりをスポンジで洗ってやる真似をすると、昇平が喜ぶ)
ピチューも、ごしごしごし。
ハム太郎も、ごしごしごし。
リボンちゃんも、ごしごしごし。
トラハムちゃんは「わたし、体洗わな〜い」って言いました。
昇平:トラハムちゃん、ごしごしごし。
(一生懸命、自分の体をこすってみせる。トラハムちゃんになって洗っているつもり)
母 :そうね〜、お風呂に入ったら体洗わなくちゃね。
トラハムちゃんも体を洗いました。ごしごしごし。
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・・・お分かりのように、5番目のトラハムちゃんだけがお風呂が好きじゃないので、必ず他の子たちと違うことをしてしまうのだ。
湯船に入ろう、と言われても「わたしは入らない」と言ったり。
すると、昇平は必死になってトラハムちゃんも皆と同じように湯船に入れようとする。
自分自身は、トラハムちゃんみたいにお風呂になかなか入りたがらないし、体も自分で洗おうとしないくせに・・・(笑)
湯船に入って「10数えよう」と言う場面では、わざと数を数え間違えてみた。「1,2,3,5・・・あれ〜?」間違えたのは、ハム太郎。
すると、数は大得意の昇平、むきになって「1,2,3,4,5!」と訂正してきた。
また数えなおして「1,2,3,4,5,6,7,9・・・あれ〜今度はリボンちゃんが間違えちゃった」
「1,2,3,4,5,6,7,8!」とまた昇平。
すっかり物語に同化しているなぁ。(笑)
「1,2,3,4,5,6,7,8,9,10! 今度はちゃんと数えられたね」と言うと、満足そうな顔。
お風呂で数を数えるというのは、毎晩やっていることなので、昇平にも簡単にイメージできるのだ。
さらに、お風呂から出て、みんなでシャボン遊び。
これもよく自分がやっていることなので、イメージが浮かびやすい様子。
指の間に石鹸の膜を作って、ふーっと吹く真似をしてみせると、大喜び。
さらに、「ポッ」と親指と人差し指で輪を作って、「シャボン玉が出来ました〜」と言ってやると、もう本当に大喜び。
自分でお話を作る良さは、その子の生活体験に合わせて、イメージしやすい物語に出来ること。
絵本や昔話には、子どもの知らないものがよく出てくるので、言語力がまだ未熟な昇平にはイメージしきれないことが多いのだが(絵本なら、絵に描かれているので、よほど良いけれど)、母が作った物語なら、全部子どもの知っていることでストーリーを進められるのだ。
それに、単なる日常そのものの再現であっても、昇平ぐらいの年齢と発達段階の子どもには、十分それで楽しいらしい。
「さて、体が冷えてきたので、またお湯に入って10数えて上がりましょう。ピカチューが入りました。ピチューも入りました。ハム太郎も入りました。リボンちゃんも入りました・・・」
と語っていくと、昇平が心配そうな顔。そう、トラハムちゃんがまた、ごねないかと心配して聞いているのだ。
「トラハムちゃんも、今度はちゃんと入りました。『あ〜、あったくていい気持ち!』」
その時の、昇平のホッとしたような嬉しそうな顔!(笑)
あとは、お風呂から上がって体を拭いて、パジャマに着替えて布団に入る。
そのあたりのストーリーは駆け足で。
トラハムちゃんがお風呂を好きになってクライマックスが過ぎたので(笑)、あとは簡単で良かったらしい。
「おやすみなさーい。みんなお布団に入って眠りました。・・・おやすみなさーい。空のお星さまが言いました。・・・おしまい。」
こんな物語にまで、締めの文章を作ってしまうのだから、この辺は物書きの性(さが)なのかもしれない。(^_^;)
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めんどくさい療育用語で言えば、これは「物語を聞くことによって、聴覚による理解力の発達と、想像力の発達を促す」とか言うことになるのだろう。
確かに、そういう目的がないわけではない。
でも、一番の理由は、昇平がこういう物語を喜ぶから。そして、わたし自身が話していてとても楽しいから。
楽しんでいるうちに、昇平の言語理解力が伸びてきていることに気がついて、そうか〜、こういう効果もあるのか〜、なんて思っているのだ。(笑)
親と子どもが楽しくできることには、きっと、こんなふうに、きちんとした成果が伴うのだろう。
別に、やることは物語に限らなくても良いと思う。
聴覚理解力があるレベルまで発達していなければ、いくらこちらが物語を工夫しても、子どもが乗ってこないだろうし。
そんな時には、無理せずに普通に絵本を読み聞かせたり、もっと別の遊びをしたり、いっしょに何か作ってみたりするのでも良いと思う。
そんなことを繰り返していくうちに、きっと、何かしらの効果が出てきて、子どもの発達につながるに違いないのだ。
初めから「○○の力を伸ばそう!」と目標を立てて、それに合わせたプログラムを考えて療育することも良いけれど、こんなふうに、楽しむ中から療育を成立させていくことだって可能じゃないかな、なんて思ったりしている。
[00/06/25(日) 08:46]