昇平てくてく日記

幼児〜小学校低学年編

カミング・アウト

◎2月24日の記録

 リタリン  1回目 9:00  2回目 13:30
 
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朝、保育園に送っていったら、昇平の様子がおかしい。階段を上ろうとして、よく前を見ていなくて、柱に額をゴツン。
それを見て、はっと気がついた。「あっ、今朝、薬を飲ませるのを忘れてきた〜!」
今日は土曜日で、昼には降園になるので、午後の薬は帰宅してから飲ませることにして、昼食用に持っていったリタリンをすぐに飲ませてもらった。
失敗、失敗・・・。(^_^A

   ☆★☆★☆

夕方から、今年所属していたPTA委員会の反省会。
今年、私は広報委員をやっていました。主な仕事は、PTA広報作り。・・・ようするに、学校新聞を作る委員会です。私にぴったりの委員会でしょう?(笑)
おかげで楽しくて楽しくて、他の委員さんたちとも担当の先生ともすっかり仲良くなって、あっという間に1年が過ぎてしまいました。
他の委員さんたちも楽しかったのは同じだったようで、「広報作りの仕事だけしていればいいのなら、来年もこのメンバーでやりたいよねぇ」と口々に言っていました。
委員会は1年交代。子供会やPTA、学級の役員を引き受けた人が兼任するものなので、どうしたって、もう1年、委員会の仕事だけ、というわけには行かないのですけれどね。(笑)

反省会というのは、要するに、飲み会のこと。
寿司屋の2階に席を借りて、鍋やお寿司をつまみました。・・・う〜ん、こういう席って久しぶりだぁ!(ご機嫌度100%)
出席者は先生を入れて6人。女ばかりだし、気心知れた同士だし、話も弾みました。(ご機嫌度150%)
これでPTA役員選出のごたごたがなかったら、もっとおいしく食べられたんだけどなぁ。(ご機嫌度70%減)
昇平やお兄ちゃんは、おばーちゃんに頼んで出てきていました。
最近は、わりと平気で留守番できるようになったので、本当にいろいろなところで助かっています。

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反省会も終わりに近づいた頃、担当だったK先生に切り出しました。
「委員会は今年で終わりですけど、私は来年度も時々学校に伺うようになると思いますので、よろしくお願いします」
そして、その席で、昇平のことを初めてはっきりと話しました。

ADHDと呼ばれる障害を持っていること、これは周囲の出来事になかなか気がつけない障害であること(「ちょうど、私たちが本を夢中で読んでいると、まわりの音が何も聞こえなくなっちゃうみたいに、まわりのことに気がつけなくなっているんです。それが、常に起こっているようなものなの」と説明したら「ああ」と納得してもらえました。)、また落ち着きがなくて席にじっと座れなかったりすること、さらに、昇平の場合、自閉傾向もあるものだから、社会性や言葉も遅れていること・・・
その原因が、脳の中で生成されるホルモンのようなものが、生まれつき他の子より足りないせいであることを説明し、それを補うために、リタリンという薬を飲んでいることも話しました。
それを飲んでいる間は、集中力も落ち着きも増すし、周囲の出来事にも気がつけるようになるので、その間に、自分がどういう行動をとればよいか学んでいって、最後には、薬なしで、全部自分の力でコントロールできるようになることを目指していること。実際、そうやって薬を飲ませ始めてから、昇平が良い方向に変化してきたこと。
さらに、保育園で理解してもらった上で指導してもらっているので、保育園に入る1年前と比べると、本当にめざましい成長をしていること。
あと1年間の指導で、どこまで成長するかによるけれど、親としては普通小学校に入学させたいと考えていること。そうなれば、担任や周囲が大変になるのは分かっているのだけれど、親としてできる限りの協力はするつもりでいるし、学校や子どもたちや地域の人たちの助けを借りながら、昇平を伸ばしてやりたいと考えていること・・・
そのためには、事前に昇平のことを理解してもらう必要があるので、来年度に入ったら、折を見て何度も学校に足を運んで、校長や教頭と話すつもりであること・・・

話している相手は、たった1人の女の先生と、委員会で一緒になったお母さん方3人だけ(1人は先に帰っていた)でしたが、その先生は去年来たばかりでまだ異動にならないだろうし、お母さん方も何かの機会に昇平のことを噂する話に加わるかもしれません。その時、少しでも正しい事を、私たちの代わりに、先生方や父母に話してもらえたら・・・そんな想いからのカミング・アウトでした。
もちろん、これだけのことを教えても、変な色眼鏡で昇平を見たりしない人たちだ、と1年間の間のおつきあいで確信できたからこそ、話したことなのですが・・・。

噂は、いつの間にか変形し、人から人に伝わる間に、まるで違った内容になっていくこともよく起こるので、誤解が生まれる危険性は承知の上です。
でも、私は、できたら皆の協力を得ながら、皆の中で昇平を育てていきたい。
そのためには、周囲の理解が不可欠なのです。

誤解に出会ったときには、またいつでも説明をしよう。
もしかしたら、これだけの準備をしていても、地域の小学校ではなく、特殊教室のある別の小学校へ行くように、と言われるかもしれない。
でも、今、私にできることは、これからの進路を予想して、できる限り昇平を受け入れてもらいやすいよう、準備を整えていくことだから・・・。

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これだけの話を終わったとき、他のお母さんたちが、いっせいにため息をもらしました。
ああ、そうだったのか〜。言葉にすれば、そういうため息だったと思います。
すると、K先生が言いました。
「でも、昔と比べると、今はそういう障害があるのだということが分かっていますし、適切な対応が必要なことも分かっていますから、そういう意味では今に生まれて幸せなんですよね」
・・・実は、この小学校にはすでにADHDの子どもが一人入学しています。だからこそ言える、先生のセリフなのです。

今、学校でも急速にADHDへの理解が進んできているのだと言います。
もちろん、それが充分な対応につながるまでには、まだなお時間がかかると思うのだけれど、本当に、今から5年前、10年前に入学したADHDの子どもたちに比べれば、これから入学しようとする昇平は、本当に、スタートから幸せな状況なのだと言えるのでしょう。
せっかくのこの状況ですから、昇平のために、できる限り生かそうと、改めて考えたのでした。

[01/02/25(日) 14:18]

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