昇平てくてく日記

幼児〜小学校低学年編

ことばと成長

◎8月14日の記録

 リタリン  1回目 8:20  2回目 12:30

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昇平は本当にどうしちゃったんだろう。

的確にしゃべる。こちらの言うことを理解する。
保育園が盆休みに入って急に変わってきたように感じるけれど、保育園では最近こうだっんだろうか?
家に帰る頃にはリタリンも切れるから、こんなふうに変わってきていたことに、私が気がつかなかっただけなんだろうか?

従兄弟のFくんが泊まりに来たときに「あなた、お名前は?」と自分から聞きに行ったのにもビックリしたけれど、その翌日、皆で近くの公園へ遊びに行ったときには、「ぼく、これ(この遊具)やってみる」「・・・やっぱりやめておくね」。時間が過ぎて、もう帰ろうか? とこちらが尋ねると「まだ帰らないよ」。
こう書くと今までとあまり変わりないように感じられるが、実際には、場面やタイミング、自分自身の心情にぴったりと合ったことばを話しているので、今までよりずっとスムーズに聞こえるのだ。

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昨日(14日)はどこにも出かけなかったので、2階の部屋におもちゃが散乱したのだけれど、私が2階に上がってきて部屋をのぞいたとたん「ぼく、お片づけするね」。
最近、部屋が散らかっていると母が「なにこれ〜!!!」と叫ぶことが多いので、先手を打って「片づけるね」と言ってきたのだ。
そして、本当に完璧なまでに部屋を片づけてしまった! ブロック、積み木、ミニカー、本、おやつ、その他の細々したおもちゃ・・・と、かなりの数が出ていたのに、見事にあるべき場所に戻して、畳だけのきれいな部屋にして、「お母さん、来て来て! ほらね!」と自慢そうに私に見せた。
しかも、これと同じことがその後も、もう1回。(片づけても、またおもちゃを出して遊ぶから)

夜になってリタリンが切れると、さすがにそこまでの秩序はなくなってしまったらしく、部屋の中もこれまでで最高に散乱。母の「なにこれ〜〜〜!!!!」も出てしまった。
押入の布団まで全部引っぱり出されていたので、母も片づけを手伝わざるを得なかったが、それ以外のものは本人に片づけさせた。
面倒がって部屋の中に出しっぱなしにしていると、すかさず「捨てちゃうよ」と声をかける。「自分で片づけられないおもちゃは悪いおもちゃだから、そういうのは捨てるからね」。
実際、散乱の原因になるのは、ポケット版ボードゲームの駒の類で、しかもそれは皆、数が半端になってしまっている。私としてはなんとか捨ててしまいたいので、私の言っていることは本気。
すると昇平「お片づけするよ」「ぼくが片づける」とつぶやきながら袋に駒を片づけ始め、やがて面倒になってきたのか「全部一緒に入れちゃうからね」と言うと、種類別にするのをやめて全部ひとつの箱に入れ始めた。どうせゲームには使えないのだから、それでかまわないのだ。要領の良さと、ことばの的確さに母は舌を巻いてしまった。

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とにかく、こちらの言うことは正確に理解するようになってきたし、ことばへの反応も良くなってきた。自分で話すことも筋道が立っていて、こちらに理解しやすくなってきている。特に自分の要求を的確なことばで表現できる力が伸びてきた。
「お風呂に入ろう」と声をかけると「今はまだ入らない(ちょうどお兄ちゃんとチャンバラごっこで遊んでいたので)。時計の針が12になったらね」と自分から言ってきたり。
おかげでコミュニケーションはずいぶんスムーズになってきた気がするけれど、あまりに急激に訪れた変化なので、こちらは戸惑ってばかりいる。

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いや、私だってことば(英語)の指導に関わる人間だから、それまでろくに喋れなかった子どもがある日突然話し出すことがあるのは知っている。
ちょうど、それまで聞いていたことばを自分の中にためていて、それがいっぱいになったので、ことばがこぼれ出してきた、というように話し出すのだ。
実はお兄ちゃんがこのタイプだった。2才まで、話せることばと言ったら「あっち」「こっち」「いた」「くうくう(くるくる)」くらいで、あとは身振り手振りでほとんどの意志疎通を行っていたのに、2才を目前にしたある時から、急に「かっくん、あっちいっちゃったー」などと話し出したのだ。かたことの幼児語もなく、突然喃語レベルから大人と同じ言葉遣いで話し出したのも特徴的だった。
話し出したら、あとはもう、しゃべることしゃべること。いっぱしのおしゃべり小僧に成長していったのだった。今も言語関係にはけっこう強いところがある。

けれども、こういうことばの出方はその子どもによって違っているし、兄がそうだからと言って、昇平も同じようになっていくという保証はないので、母としてはまるで期待していなかったのだ。
少しずつでいいから、いつか人の言うことを理解できるようになり、自分の言いたいことを自分のことばで言えるようになっていってくれれば、それで良い、と。

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昇平のことばが、この後どんなふうに伸びていくのか、それは見守っていかないと分からない。
けれども、確実に言えることは、ことばが単独で伸びてきたのではない、ということ。
ことばと同時並行で、昇平には「他人の気持ちを思いやる心」が出てきた。
みち子先生が「ホットケーキ、いいなぁ〜。先生も食べたいなぁ」と言うと「明日ね」「明日は(ぼくも)お給食食べるね」となぐさめるように言ったり(8月11日『診察日・こぼれ話』参照)、私が「お母さん、昇平くんが隣で寝ていないと寂しいよ」と言うと、お兄ちゃんたちと寝るのだと駄々をこねるのをやめて寝室に向かったり(8月13日『従兄弟が泊まりに来る』参照)。
人と関わろう、一緒に遊んだり同じように行動したりしよう、という気持ちもいっそう強くなってきた。
従兄弟が泊まった次の朝は、庭にテーブルと椅子を出して、そこで朝食にしたのだけれど、昇平はお兄ちゃんたちと一緒になって大きな椅子をうんしょこらしょとテーブルまで運んできて、自分でセッティングして、満足そうにそこに座っていた。単なる真似っこの行動ではなく、同じ仲間(グループ)の人間として、同じ行動をとろうとしているのだ。
そうそう。自分は本当は焼いていないパンが好きなのに、兄たちがトーストを食べているのを見て、自分のパンも焼いて、と言ってきたりもした。(でも、結局、他のおかずでお腹がいっぱいになってしまって、トーストは食べなかったのだけれど。笑)

社会性が伸びてきている、と昨日の日記にも書いたけれど、それは本当にその通りで、それと同時進行でことばも伸びてきた、という印象がある。
すべての体験が、そのまま自分のものになってきているようにも見える。今年の夏、昇平は、これまでになくいろいろな経験をしていることになるんだろう。
状況判断の力が伸びたのが、すべての成長の元になっているかな・・・?(*^^*)

もちろん、気が散りやすいところや、やることをすぐに忘れてしまうところは相変わらずだし、ちょっと普通と違うことがあるとたちまち興奮してハイテンションになってしまうし、泣いている子がいるとやっぱり耳をふさいで泣き出したり、「やっつけてやる」と息巻いたりするのだけれど。
でも、確かに今、昇平は急激に成長している。それは間違いないと思う。

[01/08/15(水) 07:54]

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