昇平てくてく日記

幼児〜小学校低学年編

卒園

◎3月28日の記録

 リタリン  1回目 8:00  2回目 12:30
 デパケン  1回目 8:00  2回目 19:00

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3月28日。ついに昇平は保育園を修了した。

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その日、昇平は朝からずっとゲームボーイをやっていた。保育園に向かう車の中でも、ずっと。
おそらく、ゲームをすることで卒園の緊張から逃れていたんだろうと思う。前の晩、夜中に何度も目を覚ましては、不安そうに母を呼んでいたくらいだったから。
そこで、車から降りたとき、昇平の手のひらにまたおまじないを描いてやった。「はい、これで卒園式が上手にできるよ」。すると、昇平、もう一方の手も差し出して、両手に描いてくれ、という。両方の手にでたらめな模様を描いて「はい。これでばっちり大丈夫だよ」と言って上げると、にこにこ顔になって、弾むような足取りで園舎に向かった。・・・・・・素直だねぇ。(笑)

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式は午前9時半から始まった。
卒園児は男児13名、女児14名の合わせて27名。
在園児やお母さん方が見守る中、入場行進の曲に合わせて一列で入場してくる。
前を歩いている人の後に付いて歩けなくて、まき子先生に手を引かれながら入場行進の練習をしたのは、年中さんの運動会の時だったよね。
でも、この日の昇平は上手に前の人について歩いてきた。皆と同じように、きちんと着席する。

そうそう。ひとりで席に座っていられなくて、母がそばにしゃがみ込んで、式の間中ついていたのは、保育園に入園したときだった。
今ではもう、そんな心配は全然いらない。在園児の中には式に飽きて、そわそわとあちらこちらを眺めたりする子もいたけれど、昇平はきちんと手を膝に置いて、前を向いて式に臨んでいた。頭がぐらぐら動くことさえない。卒園する他のお友達よりもきちんと座っているくらいだった。
ただ、途中一度だけ、しきりに後ろを振り向いていたことがあった。どうしたんだろう、と思ったら、椅子に付けてあった紙のリボンが外れそうになっていたらしい。先生に付けなおしてもらったら、後はまた、ちゃんと前を向いていた。
式の時間は小一時間。そのあいだ、ずっと落ち着いて座っていられたのだから、これはもう画期的なことと言えるだろう。

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いよいよ、卒園児一人一人が壇上に上がって卒園証書を受け取る場面。
どの子も緊張している。中には本当に同じ側の手と足が出て、ロボット歩きになっている子も。でも、どの子も練習の通り、きちんと証書を受け取っていく。
昇平が呼ばれた。「朝倉昇平くん」「はい!」ちゃんと返事ができた。時々返事を忘れて、ちょっと間をおいてから、気がついて「はい」と返事することがあった、と聞いていたので、ちょっと心配していたのけれど、上手に言えた。

壇の下でのおじぎも忘れずにできた。でも、ちょっとバランスを崩した人みたいに、体が少し斜めになっている。とても緊張しているんだね。
壇の上に上がって、証書を受け取る。家で練習したときには、ばっちり上手にできていたけれど、案の定、ここではお辞儀を忘れて、そのまま持ち帰ろうとした。と、気がついて立ち止まり、とまどったように、曖昧に頭を下げた。あははっ。やっぱり昇平だね。でも、とっても上手だったよね。もらった証書を壇の下で箱に収めるところも、ちゃんと上手にできていた。

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全員の証書が手渡され、園長先生や来賓の方たちの祝辞が述べられる間も、卒園児たちはきちんと座り続けていた。本当に、みんな立派だなぁ。それと一緒に座り続けている昇平も、本当に立派だ。
在園児の送辞。卒園児の答辞。
そして、卒園児が立ち上がり、在園児や保護者の方を向いて言う、卒園のことば。

このころにはもう、お母さん方はハンカチを目頭に当てている。担任のみお先生も涙顔。私も涙があふれてしかたなかった。
ところが、昇平はこわばった顔つきをしている。ああ、そうだ。昇平は人の泣き顔が苦手なんだ!
これは昇平の前で大泣きするわけには行かない、とあわてて涙をこらえた。う〜ん。卒園式にはこういう落とし穴があったのね。
でも、昇平、こわばった顔はしているものの、パニックになるようなこともなく、しっかり立って、「思い出のアルバム」も一緒に歌っていた。
「思い出のアルバム」は ♪いつのことだか、おもいだしてごらん、あんなことこんなことあったでしょう・・・♪という、卒園の定番ソング。私はこの歌に弱い。普段でも、この歌を聴くと涙が出そうになるくらい。おかげでまた、涙がどっとあふれてきてしまった。他のお母さんたちもしきりに涙を拭っている。
昇平が緊張しながらも落ち着いているのが幸いだった。

卒園のことばは、卒園児全員が一言ずつ自分の受け持ちのことばを言う。
昇平も、とてもとても大きな声で「いっしょにあそんだ○○ぐみさんのお友だち」というようなセリフを言った。
発表会の時、セリフの声が小さい、と何度も練習したこともあったよね。でも、今日のセリフは、お友だちの中でも一番大きな声で言えていた。相変わらず発音に不明瞭なところはあるけれど、でも、立派だよ。本当に立派だよ。
自分のセリフを言い終えて、昇平のこわばった顔がちょっとゆるんだ。そうか。これにも緊張していたんだね。

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保護者代表謝辞。記念品贈呈。そして、保育園の園歌。
卒園児たちが歌うのは、これが本当に最後だから、皆、大きな声で精一杯歌っている。
しきりに涙をハンカチで拭いている子もいる。
みんな、本当に大きくなったね。立派になったね。
小学校に行っても、がんばってね。
歌を聴きながら、見守りながら、やっぱり私は涙をこらえられなかった。

全員の拍手に送られながら、卒園児たちが退場していく。
最後の最後まで、昇平は皆と同じように、立派に行動することができていた。

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教室に戻ってから、式の間我慢していた子たちがいっせいに大泣きを始めてしまった。
そのほとんどが、1歳にならないころから保育園に預けられていた、保育歴の長い子たち。
物心ついた頃からずっと過ごしてきた保育園と、とうとうお別れしなくてはならないのだから、悲しいのは当然。
でも、昇平にはその気持ちがまだ理解できない。
泣き声にすっかりおびえて、母にしがみついてきた。「どうしてなの? なんで泣いてるの?」と言いながら。
「小学生になるのに、今日で保育園とさよならしなくちゃならないから、それが寂しくて泣いているんだよ」と教えると「やっつける!」とおきまりのセリフを口にした後、「小学生にならない」と言いだした。でも、「じゃ、昇平くんは小学生にならなくていいの?」と聞くと「なりたい」と答える。
こういう場面で起こってくる寂しさや悲しさの複雑な感情を理解できるようになるまでには、まだもう何年かかかるんだろうね・・・。
副担任のみち子先生から「お友だちは寂しくて泣いているけど、今だけなんだよ。後はまたすぐ泣きやむんだよ」と教えられて、その後は、「やっつける」とか「小学生にならない」とかは言わなくなった。
大泣きしている子を投げキッスやキスで慰めようとしていたあたりには、ちょっと笑ってしまったけれど。(^_^;)

最後の最後は、泣いている子に怯えての卒園になってしまったけれど、これはこれで良いだろう。
長い人生の中で、何年か後に振り返れば、きっと懐かしい場面として思い出せることだろう。そうだ、あのときはこんなふうにして卒園したんだった、と思い出して、きっと、その時の昇平の成長ぶりをさらに実感することだろう。
昇平は、今の彼にできる精一杯の力を発揮して、立派に卒園式に参加し、保育園を卒業することができた。
それで充分。それでもう完璧。

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最後に担任の先生方と園庭で話をした。
昨日とうって変わった好天で、本当に良かった。
主担任のみお先生、副担任のみち子先生、そして年中の1年間本当にお世話になったまき子先生。
みんな、昇平と分かれるのを寂しがって、名残を惜しんでくれた。
「お母さんのおかげで私達も本当に勉強になりました」と嬉しいことばもいただいてしまった。
話しながら、聞きながら、お互いにもう本当に、涙、涙、涙・・・・・・。

最後に先生と写真を撮った頃には、他のお友だちもだいたい帰って、数組の親子が残るだけになっていた。
昇平はようやく落ち着いたが、早く家に帰りたくて、しきりに「先生、さようなら!」を連発している。
やっぱりあんたは理解していないのね〜。(^_^;)
本当にこれで卒園になるのだと分かっていたら、絶対に寂しがるに違いないのに。
これも、もっと時間がたって昇平が成長するのを待つしかないところ。

でも、また保育園に遊びにこようね。
小学生になった姿を見てもらおうね。
保育園の先生たちとは少し離れてしまうけれど、遠くから必ず見守ってくれているから。
君はもう、小学校という新しい場で新しい体験を積む時期に来ているのだから、そのまままっすぐ進んでいこうね。
そうして、また一まわりも二まわりも成長した姿を見てもらうことが、先生たちへのなによりの恩返しになるのだから。

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保育園の先生方、本当に、本当にお世話になりました。
おかげで、昇平はこんなにも大きく成長できました。
正直、こんなにも成長するとは、親である私達でさえ想像もしていませんでした。
嬉しい嬉しい誤算です。
これも皆、本当に先生方のおかげです。ありがとうございました。
そして、これからも私達親子を見守っていて下さい。

本当に、ありがとうございました。

[02/03/30(土) 07:43]

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