矯正をがんばる

新学期になって、家ではすっかりお疲れモードだった昇平だが、昨日の午前中、ひとりで好きに過ごしたら元気が回復してきた。
昼少し前に部屋から出てくると、「お昼ご飯はなに？」と言いだした。食欲が出てきたらしい。前の晩にはほとんど食べなかったカレーを、お代わりしそうな勢いでたいらげ、さらにプレーンワッフルも１枚食べた。表情にも精気が戻ってきた。

が、ちょっとすると、また表情が曇り始める。
元気がなくなった、というのとはまたちょっと違う感じ。
どうやら、午後２時に予約してある歯列矯正が不安だったらしい。今日はいよいよ器具を口の中に装着する日だったのだ。

さて、どうしたらいいかな、と考えていたら、ふと、タンスに貼った「がんばりカード」が目に入った。
今週は新学期の疲れもあって、シールのたまり方が今までになく少なかった。今日が最終日なのに、これから完璧に項目をこなしても、どうしても目標まであと５枚足りない。こちらもどうしようか、と考えていたのだが、ここでぴーんとひらめいた。

隣の部屋の昇平を呼ぶ。「昇平くん、ちょっとおいでー。今日が一緒にがんばりカードの終わりの日だから、一緒にシールを数えてみよう」
すぐに昇平が部屋から出てきた。シールを指で押さえながら枚数を数えていく。・・・やはり、５枚足りない。
「きゃー！」と昇平が叫んだ。両手で自分の顔を押さえて叫ぶものだから、まるでムンクの絵のよう。こんなときにも彼は笑わせてくれる。
「どうしよう？」と昇平が言うので、「うーん、どうしようねー」とまず受けてから、「そうだ、こうしようか。今日は矯正の日でしょう？　器具を歯につけるとき、イヤだって言ったり体を動かしたりしないで、大きな口を開けてやってもらうことができたら、ごほうびにシール５枚ってのはどうでしょう？」
とたんに昇平、飛び上がって「うん、それがいい！　がんばる！」
がぜん張り切りモードになった。

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矯正の器具というのは、一番奥の左右の歯に金属の輪をはめ、そこから太い針金のブリッヂを、歯のカーブにそって渡す。さらにそこに歯を押して動かすための針金を取り付けるのだが、それは来月。今月は、とりあえず土台になる器具を装着した。（うーん、この器具をなんというのかしら？）

試しにはめてみてから、調整をして、もう一度はめ直し。はめるときには、ちょっと押されたり、特別な器具を噛まされたり。いつもはドリルをつける器具に歯を磨くためのブラシを取り付けたものには、珍しそうにさわらせてもらっていたけれど、それで歯を磨かれるのは、ちょっとイヤそうだった。器具を取り付ける接着剤（？）の味には、顔をしかめる。・・・が、とうとう、本当に一度も「イヤだ」とは言わなかった。
途中、一回だけ、嫌がって椅子から滑り降りようとしたことがあったけれど、母が「あれっ？」と声をかけると、あわててまた椅子に上がって、治療体勢に戻った。
本当に、昇平はよくがんばった。

口の中に器具を取り付けられた後、なんとなく落ちつかない様子で指で確かめたりしていたけれど、でも、誇らしげに昇平が言った。
「シール５枚？」
「うん、シール５枚だよ。立派だったねー。金シールにして、その上に数字で『５』って書いてあげるね」
「青シールにして、そこに『×５（かける５）』って書いて！　ぼく、２年生だから」
２年生だから、かけ算の表記でシールに書き込んでくれ、と言ってきたのだ。青シールは基本シールだから、×５で理屈に合う。
へ〜、そんなことも分かるようになったのか、と感心してしまった。

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夜、旦那にその話をしたら「ずるいなぁ〜」と言われてしまった。
シールを餌に昇平に歯医者をがんばらせたのが巧妙だ、と言うのだ。
表面的にはそう見えるかもしれない。
でも、不安でたまらなかった歯医者に、がんばりモードの気持ちで取り組んで、達成感を味わえたのだから、決してずるいことをしたとは思わないんだけどなぁ。

その夜、昇平は勉強も部屋の片付けも、本当によくがんばって、とうとう２８枚シールをため、がんばりカードに嬉しさで飛び跳ねるカービィの漫画を描き込んでいた。
ごほうびの１００円券にも嬉しそうな顔はしたけれど、それよりも、カードに漫画を書くことの方が何十倍も楽しそうだった。
がんばってやりきった、という気持ちが、なによりのごほうびだったんだろうと思う。

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でも、つくづく思った。
がんばるためには、まず充分に体力と気力がなくちゃいけない。
疲れているときには、どんなにがんばりたくてもがんばれなくなるんだから、休息はしっかり取らせてあげなくちゃいけないな、と。

とりあえず、昨日で充電はできたようなので、今日は家族で花見に行く予定。
暖かくなるといいなぁ。

[03/04/13(日) 06:47]