歯医者の待合室で

昨日、昇平の最後の歯医者に行ってきた。
虫歯の治療は前回で終了したので、今回は歯磨き指導とフッ素塗布だけ。
昇平も安心した様子で順番を待っていた。

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そこの歯医者は待合室にブロックやおもちゃが置いてあって、子どもたちは遊びながら順番待ちをすることができる。待合室に入るや、昇平はさっそくブロックで何か作り始めた。
治療室からは子どもの泣き声が聞こえてきた。とても小さな子が治療を受けているらしい。昇平は顔をしかめて耳をふさぎ、治療室の方を見たが、まもなく泣き声がやんだので、また遊び続けていた。

すると、治療室のドアが開いて、小さな女の子がお母さんと一緒に出てきた。まだ２歳前だろうか。長い髪をおさげにした、大きな目のかわいい子だ。
女の子は昇平がブロックで遊んでいるのを見ると、隣に並んで座り、テーブルでブロック遊びをはじめた。ブロックの入っている箱からブロックを取り出し、おぼつかない手つきでそれを組み立てたり外したりしている。
お腹の大きなお母さんは、少し離れた席からそれを眺めていた。
私も、それとは反対側の席から、二人を眺めていた。

女の子はときどき昇平の作っている手元をのぞき込んでいたが、その回数がだんだん増えてきた。
「このお兄ちゃんみたいにやりたいな」と思い始めているのが、見ていて分かった。だんだん昇平との距離が狭まり、身を乗り出すようにしてのぞき込んでくる。
昇平もそれには気がついていて、とまどったような、ちょっと緊張した顔をしながら、黙々とブロックを組み立てていた。

すると、その子が昇平の使っていたブロックを取り上ようとしたらしい。
その子のお母さんが「○○ちゃん、ダメよ。お兄ちゃんが使っているんだから。ちゃんと貸してちょうだいって言うの」と言った。
たどたどしい口調で、その子が「かしておーだい」と言うと、昇平は黙ってそのブロックを手渡していた。

その後、昇平が同じブロックを見つけようと箱の中を探している間に、その子がまたブロックを取っていった。
大胆にも、今度は昇平の作品から『外して』取っていく。
・・・よほどお兄ちゃんが使っているブロックが魅力的に見えていたんだねぇ。（笑）
向こうのお母さんがまた声をかけるが、今度はその子は気がつかない。私は、どうなるだろうと黙って見守っていた。
その子がまたもう一つのブロックを外して取っていく
昇平がそれに気がついた。ちょっととまどったような顔をして、立っている。
すかさず、向こうのお母さんの声かけが入った。「○○ちゃん、貸してちょうだい、だよ」
「かしておーだい」
すると、昇平は「いいよ」と言って、そのブロックを２つともその子に渡していた。

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やがて、会計がすむと、お母さんがその子に呼びかけた。
「○○ちゃん、帰るよー」
ところが、その子はまだまだブロックで遊びたくてしかたがない。いくら呼ばれても動く気配がない。
すると、お母さんが言った。
「じゃ、お母さん、○○ちゃんを置いて帰っちゃうよ」
それでも動く気配なし。

ところが、昇平がそれに瞬時に反応した。
あわてて立ち上がって、「帰っちゃダメ」とその子のお母さんを引き留める。
子どもたちのやりとりはだいぶ前から待合室の注目を浴びていたので、患者さんたちの間からちょっと笑い声が漏れた。
おやおや、お兄ちゃんの方が本気にしちゃったよ、という感じの笑い。
でも、もちろん昇平はそんなことには気がつかない。
その子の方に向き直ると、その子に手を差し出して「さあ、帰るよ」と言った。

今度はその子の方がとまどった顔をした。
え？　お兄ちゃんも一緒に帰るの？　という表情。
それでも、仲良く遊んでいた（と、その子は考えていたらしい）お兄ちゃんが「帰るよ」と言っているので、素直にその手に引かれて立ち上がり、お母さんのところまで連れて行かれた。
昇平はその子をお母さんに引き渡し、「バイバイ」とその子に手を振ってみせた。
「バイバイ」とつられてその子も手を振り返す。
それを見ていた患者たちから、今度は小さな声が漏れた。おー、とか、おやまぁ、という感じの声。

ところが、やっぱりその子はまだ遊びたい。
玄関まで行って、また待合室に戻ってきてしまった。
昇平はまたその子の手を引いてお母さんのところへ連れて行き、「バイバイ」と手を振る。
その子もまた「バイバイ」と手を振り返す。
そうして、とうとうその子は駄々をこねることもなく、素直にお母さんと帰っていったのだった。

無事にその子を送り出した昇平は、安心した顔で、またブロック遊びに没頭しはじめた。

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家の中でも学校でも、一番幼いのでいつも面倒見てもらうばかりの昇平だけど、小さい子どもと一緒になると、こんなふうにちょっぴりお兄さんらしい行動も取れるようになったんだな、と少なからず驚いた母だった。

[03/08/05(火) 08:03]