昇平てくてく日記

幼児〜小学校低学年編

さをり織り体験


「さをり織り」という織物がある。
城みさをさん、という今年91歳になる女性が発案した織物だ。
人の手による織物は機械のように綺麗に織る必要はない、という考えに基づいて、自分の感性が赴くまま、好きに好きに織っていく。そうやって織り上がった布は織り手の人間性そのものであり、織りむらやほつれや傷も含めて、すべてその人の個性と見なされる。だから、さをり織りには「間違い」も「失敗」もない。ただ織りたいように、好きなように、自分自身を表現していくのだ・・・。

そのさをり織りの教室が、福島県福島市内にもある。障碍ある青年たちの小規模作業所も兼ねていて、教室の中では色とりどりの美しい作品がいつも展示即売されている。
実はそこの指導者が私の親戚。なので、私も時々展示会をのぞきに行ったり、教室に立ちよったりしていた。
先月も親戚の集まりがあったので、そのついでに教室に回ったのだが、一緒についてきた昇平が、その時初めてさをり織りに関心を示した。教室にある機織り機を見て「ぼくもやってみたいなぁ」と言い出したのだ。
それじゃあ、と体験用の機織り機をさわらせてもらうと、昇平は大喜び。母と交代しながら、色とりどりの糸を使って30センチほども織り上げてしまった。
その様子がとても楽しそうだったので、「またやってみたい?」と聞くと、昇平はにこにこ顔で「うん!」と言う。そこで、改めて2時間の機織り体験を申し込み、昨日の午後、それに行ってきたのだった。

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さて、教室に着くと、体験用の機織り機にはすでに黒い縦糸が通してあった。
教室の棚には色とりどりの糸がたくさん並んでいる。そこから好きな糸を選び出して、横糸に使って布を織っていくのだ。
ところが、親戚のIさんが私に言った。
「お母さんが一緒じゃない方がむしろ良くできたりするんだよ。玲ちゃん、ちょっと出かけておいで」
昇平に聞いてみると
「ぼく、一人で大丈夫だよ。今度はぼく一人で全部織るからね!」
と、とても張り切っている。にっこにこの笑顔。最高に嬉しい気持ちでいるのが分かった。
それでは、と私は近所に住む祖母を訪ねることにした。今回は昇平の体験がメインだったので、立ちよるつもりはなかったのだけれど、思いがけず会って話すことができて、祖母も大喜び、私もとても楽しかった。

小一時間ほどたった頃、昇平がIさんと一緒にやってきた。織るのに少し飽きて、母を迎えに来たのだ。そこで、祖母においとまを告げて、昇平とIさんと教室に戻った。
機織り機には青、緑、水色の糸を使って3センチくらいの長さの布ができていた。
「太い糸を使うともっと(長さが)たまるんだけど、昇平くんがどうしても細い糸を使いたいって言うもんだから。布を織ったり、ギターを弾きに行ったり、交互にやっていたよ。ギターもすごく気に入ったみたい」
とIさんが笑って教えてくれた。
昇平がIさんのギターを弾いて見せてくれた。本体をテーブルの上に置いて、お琴よろしくでたらめにつま弾くだけだけれど、これまたニコニコと楽しそうだった。

「布を織っているところの写真を撮りたいから」と言って、また昇平に機織り機に向かってもらった。
なんと、シャトル(横糸を入れる舟形の糸巻き入れ)を2つ交互に使っている。
「こういうことしてもいいの?」
と聞くと
「こういう織り方もあるんだよ。かなり高度だけどね」
とIさんはまた笑って、そして言った。
「さをりはどんな織り方をしてもいいんだよ。それに、この教室の中でなら、何をしたって叱られないの。社会の中にこういう場所って、まずないでしょう?」

実際、昇平は本当にのびのびと布を織っていた。
糸も好きな色、好きな素材、好きな太さのものを自由に選んで使って良い。織り方も単純で自由自在。それでちゃんと作品が仕上がっていく。いや、むしろ、自由であればあるほど、味があって面白い作品ができあがっていく。
2,3分織っては、ちょろりと機織り機から離れてギターを弾きに行ったり、教室に飾られた作品を眺めに行ったり。相変わらず昇平は落ち着きがないけれど、それをとがめる人もいない。
ちょこちょことしか織らないので、なかなか布はたまっていかないけれど、それでも昇平は本当に楽しそうだった。

30分ほど織ったところで、そろそろ切り上げようと言うことになった。
ところが、昇平がそこでがぜん焦りだした。
「ぼく、手ぬぐいが作りたいんだよ!」
そのとき、布はまだ4センチ程度。
「手ぬぐい? 手ぬぐいにはちょっと長さが足りないみたいだねぇ」
そこで、糸を太い糸に代えて織ることにした。その糸も昇平自身が選んだ。
シャトルを縦糸の隙間に通して、ぱったん、筬(おさ)を動かして、きゅっとペダルを踏んで縦糸を代えて、また隙間を空けてシャトルを通して・・・真剣な顔で織り続けている。
と思ったら、急に椅子から離れて
「先生ー、続きをやってー」
と言った。集中力が続かなくなったり、思うように織れなくなったりすると、ちゃっかりIさんに作業を任せてしまうのだ。要領がいいんだから、まったく。
「じゃ、このへんで(ほつれてこないように)押さえてあげようか」
と言いながら、Iさんが2,3段織ってくれた。これくらいのお手伝いはしても良いことになっているのだそうだ。
そんなふうにして、ようやく8センチくらいの布が織り上がった。
縦糸を切ってもらい、自分が織った布をもらって、大満足の昇平だった。

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翌日、機織り体験をしたことを絵日記に書かせたら、昇平はこんな文章を書いた。

「さをりおりへいきました。糸の色は赤・青・白です。おりました。半分できました。(3cm)
母をおむかえにいきました。つづきをおってできました。らくしょうでした。」

機織り機の絵は難しいので、絵のスペースに写真を貼り付けた。

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昇平が生まれて初めて自分一人で織り上げた布は、色鮮やかで、いたるところから「一生懸命さ」がにじみ出ていた。そして、手に取るととても柔らかかった。
すべてを包み込み、「そのままでいいんだよ」と語りかけてくれる、暖かい布・・・。
さをり織りはとても優しいなぁ、としみじみ思った。

また冬休みにでも行って織ってこようね、昇平。
そのときには、お母さんも一緒に織ってみたいなぁ。

さをり広場福島  TEL&FAX 024−559−3465

写真は、機織り機に向かう昇平(左)、母と2人で織り上げた最初の布(右:オレンジの布)、自分一人で初めて織り上げた布(右:青の布)

[04/08/18(水) 17:24] 日常

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