昇平てくてく日記

幼児〜小学校低学年編

「分からないよ」

土曜日。福島市で親の会の学習会と、小学3年生以上の子どもたちのSST(社会技能訓練)があったので、昇平と参加してきた。
SSTでは、いろいろなゲームを通じて、人と目を合わせて話したり聞いたりすることの大切さ、手渡しすることの意義などを学んできたらしい。とても楽しい内容だったようで、ほとんどの子どもたちが大喜びだった。昇平も、途中参加できなくなって部屋を抜け出したり、ということはあったようだけれど、家に帰ってから聞いたら「すごく面白かった。震源地ゲームで、ぼく(震源地の人を)当てたんだよ」と嬉しそうに話してくれた。
・・・活動にずっと一緒に参加していないから、なにも理解していないかというと、決してそういうわけじゃないんだよねぇ。(笑)
事実、家に帰ってきてから、昇平が私の目を見て話しかけてくることが多くなった。
その方が話がよく通じるのだと実感したらしい。
自分で考えた「パロディ版浦島太郎」の物語を、時々私の目を見ながら、一生懸命語ってくれた。

とはいえ、昇平の話は擬音や効果音が大量に使われるので、話を聞いていると、どんな場面なのかよく分からないことが起こってくる。
「このー! えい! このやろうー、思い知ったかー!」
誰かのせりふらしいのだけれど、よく分からない。
「今のは誰が言ったの? 状況が分からないよ」
と尋ねると、
「子どもたちがカメをいじめているんだよ」
と教えてくれた。
さらに話は続く。どうやら浦島太郎が子どもたちを変形する釣り竿ランチャー(おいおい!)で追い払って、カメを助けたらしい。でもって、またまた擬音の嵐。
「なにがどうなってるの? 分からないよー!」
と言うと、昇平はまた立ち止まって場面を説明してくれた。
「カメが海からまた来たんだよ」
竜宮城に行ってみたら、乙姫様は眠らされていたらしい。目を覚まさないので、浦島太郎が怒っていると、謎の老人が現れて魔法の目覚め薬を渡してくれた。(面白いストーリーだ)
竜宮城でごちそうしてもらい、お土産に玉手箱をもらって帰った浦島太郎。地上で玉手箱を開けたら、中から金色に輝く玉が出てきて、それを飲むと、浦島太郎は輝く太陽になりましたとさ。おしまい。
母が「今はどんな場面? 分からなかったよ」というたびに、昇平は説明を織り交ぜながら、ユニークな「浦島太郎」を最後まで話し終えた。

ところが、物語が進むうちに、私は妙なことに気が付いた。
昇平が、話しながら、時折変な形に口を動かすようになったのだ。
まるで固い肉でも口の中でかんでいるように、口をゆがめてかみしめている。
「どうしたの? なにか歯の間に引っかかってるの?」と聞くと、「ううん」と首を振った。でも、すぐにまた口を動かす。
あ、チックだ! と気がついた。
母がしょっちゅう「なんて話しているのか分からないよ」と言うものだから、意識しすぎて、発作的な動きが出てきてしまったのだ。

「浦島太郎」の最後のほうでは、もう「分からないよ」とは言わないようにした。
話が終わってからは、「昇平くんが目を見て話してくれたし、お母さんに分かるように、いっぱい説明してくれたから、お話がよく分かったよ。ありがとうね。面白かったよ」と言った。
すると昇平が
「どこのところが面白かった?」
と聞いてきた。
「乙姫様が眠らされていて、魔法の薬で目を覚ましたところが面白かったよ」
と答えると、
「不思議な老人も出てきたでしょ」
と昇平は言った。
「うん、出てきたね。不思議な老人が薬をくれたんだよね」
と答えると、昇平は、自分の話がちゃんと通じていたんだ、と自分でかみしめているような感じだった。

その後も、私はさりげなく昇平の口元を観察し続けた。
幸い、それからは口を動かすチックは出てこなかった。
あれこれ、とりとめもなく話し続けている昇平を見ながら、私は心の中で「ごめんね」と謝っていた。
話は楽しく語り、楽しく聞くもの。通じた喜びが、上手な話し方につながっていくもの。
「分からないよ」と文句をつけられながらじゃ、緊張するばかりで、話していても全然楽しくないよね。
昇平が目を合わせて話してくれたのが嬉しくて・・・分かるように話そうとしてくれたことが嬉しくて、母はついつい過剰な要求をしてしまった。
一つがんばってくれているだけで、ものすごいことだったのに。

焦らず、無理せず、そして、楽しく。

何度も自分に言い聞かせているのに、ついまた、それを忘れてしまう。
もう一度、強く自分に言い聞かせた私だった。

[04/09/07(火) 01:42] 日常

[表紙][2004年リスト][もどる][すすむ]