昇平てくてく日記

幼児〜小学校低学年編

聴覚過敏・1

聴覚過敏とは、正確には聴覚刺激過敏と言うらしいが、要するに、音に対してとても敏感なこと。
敏感と言っても、音楽の微妙な音色を聞き分けたり、半音やメロディを耳だけで正確に聞き取るという特徴のことではない。いや、持って生まれた能力や、いろいろな条件が整えば、そういう優れた才能にも発展するのかもしれないが、この場合の過敏というのは、音そのものに過敏に反応してしまうこと。要は「うるさがり」のことだ。

ご存じの通り、昇平にはこの聴覚過敏がある。泣き声が苦手、怒鳴り声が苦手、花火やピストルのような突然の大きな音が怖い・・・。
考えてみれば、ずっと小さい頃からこの特徴はあった。誰かが泣き出したり、賑やかな場面に出会うと、あわてて耳をふさいだり、独り言を言い始めたり。
でも、私たちは長い間、その事に気がつけないでいた。だって、普段の生活の中では、昇平はそれほど「うるさがる」ことがなかったから。誰かがどたんばたんと遊んで騒いでいても平気。救急車のサイレンや電話のベルが鳴ってもなんでもない。お気に入りのビデオやCDに至っては、大音量でかけっぱなしにして、その中で涼しい顔でパソコンしたりお絵かきしたりしている。
むしろ、おじーちゃんやお兄ちゃんのほうが物音にはずっと敏感で、多動で騒々しい昇平は、しょっちゅう2人から「うるさい!」と叱られていた。

けれども、聴覚過敏にもいくつか種類があるらしいことが、最近ようやく分かってきた。
おじーちゃんやお兄ちゃんは音全般に過敏で、静かな話し方や環境が好きなタイプ。
それに対して昇平の場合は、「予想していなかったときに」「突然」聞こえてくる「激しい物音」に過敏なタイプだったのだ。小さな子はちょっとした拍子でいきなりワッと泣き出すから、予想がつかない。かんしゃく持ちの人もいつ機嫌が悪くなって怒鳴り出すか分からない。花火やピストルも、油断していると突然「ドン!」と来るから、びっくりしてしまう。背景には、場面や人の気持ちを読みとることが苦手だという特徴も、密接に絡んできているような気がする。
また、特定の音だけに非常に過敏なタイプもあるだろう。・・・たとえば、ガラスを爪でひっかく音はたいていの人が苦手だけれど、ある人にはどうにもその場にいられないくらい辛く感じられることだってあるかもしれない。

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さて、そんなわけで、昇平は特定の物音や声だけに過敏に反応している。
買い物に行ったスーパーで赤ちゃんが泣き出せば、急いで耳をふさぐ。お兄ちゃんがゲームで旗色が悪くなってくると、怒り出すかもしれないので、あわてて部屋から脱出する。運動会の時には、スタートラインで耳をふさいで構えていたので、スタートダッシュはいつもワンテンポ遅れていた。どれもこれも、突然の大きな音から自分を護るための自己防衛なのだ。
ついでに、よくよく観察してみると、人の賑やかな話し声なども、彼にとっては「うるさい」のだということが分かってきた。朝食や夕食のテーブルを家族で囲んでいるときに、誰かが話を始めると、それに耳を傾けるのではなく、自分勝手な話を始めたり、手をかざしてまるで日舞の舞のように手を動かし始めるからだ。手を動かすのは、「ひらひら」と呼ばれる自己感覚刺激運動の一種だろうと思う。要するに、誰かの話し声も「うるさい」くて、自分の意識が集中できなくなるので、話し声をシャットダウンするために一人で話を始めたり、目の前で手を動かしてそれを見ることに集中しているらしい。
手の動きが出るのは、食卓を家族で囲んでいるときに限定されていたので、これが「ひらひら」の一種だと気がつくのにも、ずいぶん時間がかかってしまった。
本人が自分の気持ちをことばで話せるようになってきたことも、理解の助けになった。何しろ、自分で「赤ちゃんがうるさい」「お兄ちゃんはすぐ怒るからうるさい」と口に出して言うようになってきたのだから。

けれども、だからといって、食卓で家族に話すな、とは言えない。
赤ちゃんに「怖がるから泣かないで」と言うわけにもいかない。赤ちゃんが泣かなかったら、赤ちゃんの生死に関わる事態になってしまう。
お兄ちゃんだって、確かに家の中ではちょっぴり怒りん坊かもしれないけれど、普通の中学生の男の子としては、ごく普通のレベルに入ると思うし、家の外では物静かで誰とでも仲良くできているのだから、これ以上静かにしなさい、と彼に言うのは酷なような気がする。聴覚過敏の人間さえいなければ、別にどうってことのない程度の話なのだ。
だけど、昇平にはそれが辛い。
だから、家の中では高性能のイヤーマフを使うことにした。なにか苦手な音が聞こえそうな場面になったら、それをはめて自己防衛するようにしている。手で耳をふさいでいると、両手がふさがって何もできなくなってしまうが、イヤーマフなら手が自由になるから、好きなこと(たいていはパソコン)に熱中できて、なおさら音が気にならなくなるらしい。
外で赤ちゃんに出会ったようなときには、その場から離れるように教えている。これもだいぶ自分の判断で行動できるようになってきた。
食卓で「ひらひら」が始まったら、それは無視することにした。うわのそらでいるときに出てくるので、ちょいちょいと肩を叩けば、我に返ってまた食事に集中し始めるので、今はそれで良いことにしている。
そして、どの場合も、できる限り昇平に分かるように場面や人の気持ちを教えるようにしている。
食卓で家族が話しているときには、昇平に分かることばで、話の内容を伝えることもある。話の意味が分かってくると、それはもう「うるさい音」にはならないらしい。
(つづく)

[04/12/09(木) 10:50] 療育 知識 日常

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