昇平てくてく日記

幼児〜小学校低学年編

パソコン頭・2

「その子は、昇平くんよりもっとパソコンが大好きで、いつでもどこでもパソコンばかりしていて、もっとパソコン頭でした」
あれっ? という表情で昇平が耳を傾け始めた。私は話を続けた。

「その子は朝起きると、すぐにパソコンの電源を入れてパソコンをやり始めます。朝ごはんを食べている間はさすがにパソコンはやらないけど、頭の中ではパソコンのことばかり考えているので、朝ごはんに何を食べたのか全然分からなかったし、ご飯の味も分かりませんでした」
なんだよ、それ〜! という顔を昇平がした。君自身がそんなふうに食事をしているんだよ、とは言わないでおいた。
「朝ごはんを食べ終わると、学校に行く前にもまたパソコンをしました。いつまでもやっているので、とうとうお母さんに叱られました。『いい加減にして、早く学校に行きなさい!』それで、その子はようやく学校に行きましたが、パソコンの電源はつけっぱなしでした。帰ってきたらまたすぐにやろうと考えていたからです。学校では、授業中もパソコンのことばかり考えていました。それで、先生が説明したかけ算のやりかたが全然頭に入りませんでした。かけ算のテストがありましたが、その子はやり方がわからないので、全然できませんでした。給食の時間もパソコンのことを考えていたので、他のお友だちが楽しそうに話していることも分からなかったし、給食に何を食べたのかも分かりませんでした。お掃除の時間には、クラスの女の子が『そこのゴミを掃いてきて』と言ったけれど、パソコンのことを考えていたので、言われているのに気がつかなくて、その子は『意地悪!』と怒ってしまいました。学校から帰ってくると、その子は宿題を大急ぎでやりました。早くパソコンがやりたかったので、字が下手くそでも、間違っても、全然気にしませんでした。そしてまた思う存分パソコンをやりました・・・」

このあたりまで話を聞くと、さすがの昇平も、すっかりあきれ顔になっていた。時々「それはまずいだろー」とつぶやいていたが、とうとう腹を立てたように「パソコンを食ってやる!」と言いだした。お話の中で、元凶を壊す怪獣にでもなっているつもりだったのかもしれない。
そこで話を続けた。
「パソコンがなくなって、その子はとても悲しみました。『パソコンがなかったら、ぼく、生きていけないよー!』と泣きました」
もちろん、これはついさっき昇平自身が言ったセリフの転用。すると、昇平が息巻きながら言った。
「そいつも食ってやる! ガリガリ!」
何もかも、間違っていることはなかったことにしたい、という心理だ。しばしば、昇平はこの判断を下す。オールorナッシング。でも、それじゃ解決できない問題はたくさんあるんだよね。
「その子はパソコンと一緒に食われて死んでしまいました。おしまい」
と物語を締めくくってみせると、昇平は青くなって叫んだ。
「だめだめ! 死んじゃだめだよ! 巻き戻し〜!」
ふふふん。ビデオみたいに物語を巻き戻してやり直し、というわけね。現実にはそんなことはできないけれど、これはお話だから、巻き戻せるよ。それじゃ、もう一度やり直し。
「さて、その子はパソコンに夢中になりすぎていました。どうしたらいいのかな?」
「パソコンの時間を決める!」
と昇平が、さっき母と取り決めたことを答えた。
「どのくらいの時間?」
「1時間半」
「『えー、そんなの短すぎるよー! ぼく死んじゃうよー!』と、その子はいいました」
「死ね! 死んでしまえ!」
と息巻く昇平。
「というわけで、その子はやっぱり死んでしまいました。おしまい」
「違う〜!!! 死なないよ!! 死んじゃだめだー!!」
まったくねぇ。本当は人や生き物が死ぬのも傷つくのも大嫌いなくせに、どうしてことばではすぐ「死ぬ」の「殺す」のと言ってしまうんだろうねぇ。実際にイメージ化されると、怖くてしかたなくなるのに。

そこで、私は物語の中の彼になって、昇平に尋ねた。
「どうしてパソコンを長い時間やっちゃだめなんだよー!? パソコンは楽しいのに」
「だって、パソコン頭になっちゃうんだよ」
と物語の彼を説得し始める昇平。
「なんでパソコン頭がだめなの?」
「だってだって・・・」
ここで昇平が口ごもる。言いたいことはあるのだが、それがすんなりことばになって出てこないのだ。
でも、ここが肝心、と私は黙って待ち続けた。昇平が、自分なりのことばで、パソコン頭になるのが悪い理由を説明するまで。
「だって、えーと・・・・・・いろいろなことが、入らなくなっちゃうから」
うん、説明できたね。
「そうかー。パソコンで頭がいっぱいになると、大事なことがいろいろ頭の中に入らなくなっちゃうんだね」
と物語の彼は納得してくれた。
そして、今度は母が登場。
「大事なことが頭に入らなくなると、どんなふうに困ってくると思う?」
「うーんと・・・うーんと・・・怒られる」
「そうだね。お話聞いてくれなかった、って怒る子も出てくるよね。それからね、学校の授業とかでも大事なお話が頭に入らなくなるでしょう? それが続くとどうなると思う?」
「うーん・・・???」
「お勉強が覚えられなくなって、どんどん『お馬鹿』になっていっちゃうんだよ」
「そんなのイヤだーーー!!!」
「それじゃ、どうしたらいいかな?」
「パソコン頭をぶっ壊す!」
「パソコンの時間を減らせば、パソコン頭は自然に消えていくよ。それからね、パソコンをやっていないときにまで、パソコンのことを考えないようにするの。ついつい考えてしまうと思うけど、その時には、頭の中でパソコン頭を壊すといいんだよ。パソコンをやることは、悪いことじゃないの。ただ、時間を決めて、パソコンはその時間だけにしようね」
「はい」
と昇平がうなずいた。今度は、本当に納得した顔だった。

ちなみに、その後母は、昇平のリクエストで「ちゃんとパソコン時間を守ってパソコン頭じゃなくなった彼」の物語をさせられた。何事もうまく行くようになった「彼」の話を聞くうちに、昇平は安心して眠ってしまった。(つづく)

[05/02/22(火) 10:44] 日常 療育

[表紙][2005年リスト][もどる][すすむ]