昇平てくてく日記

幼児〜小学校低学年編

ポスター


写真は、昇平が作ったポスターだ。7センチ×4.5センチのノートの切れ端に、赤や青や黒の鉛筆でこう書いてある。

 「大注意!
  ここでは
  すべりやすい
  水があるので
  20〜21センチはな
  れるか はしらないか
  にしてつかってください」

   ☆★☆★☆★☆

この小さなポスターは、今日の連絡帳に貼ってあって、こんな担任のコメントが書かれていた。

8月31日(水) 記録者:ドウ子

昨日の放課後見つけたのですが、廊下の水道近くの柱に昇平くんが小さなポスターを貼っていてくれたのです。
「どうして貼ったの?」と聞くと、「一年生で転んだ人がいたから・・・」という説明。確かに前日泣いていた子がいて、先生方がなぐさめていました。水道の水が出過ぎて、床が濡れていることがあるので、自分なりに、みんなに教えてあげようと思ったようです。
人のためになることをしようという気持ち、すばらしいので、たくさん「ありがとう!!」と言いました。

   ☆★☆★☆★☆

これを読んで、ふと、20年以上も前に大学で習った国語の作文指導の講義を思い出した。
配布されたプリントには2つの作文が載っていた。小学4年生くらいの2人の子どもたちの作品で、片方は田舎の子、もう一方は町の子だった。

田舎の子は、家で飼っている牛が難産になったのを心配して、親の禁止を破って兄弟で牛小屋の屋根裏に上がり、そこから牛のお産の様子を見守っている様子を書いていた。やっとの事で仔牛が生まれ、母牛も無事だったので喜んでいたら、父親に見つかって叱られたというようなことが書かれていた。
タイトルが「牛のしりつ」。しりつ、とは「手術」の聞き取り間違いによる誤字。これに象徴されるように、作文の全面に誤字脱字や誤表現が目立つ、文章としてはかなり稚拙な作品だった。

一方町の子は、姉と2人で偶然交通事故を見かけたことを書いていた。タイトルは「交通事故のこと」。文字も文章も一通りのレベルにあって、場面描写もけっこう豊かだった。事故に遭った人が血を流して倒れていたこと、たくさん人が集まってきたこと、そこに救急車が駆けつけてきたこと・・・それを見て、姉と2人で「パンパカパーン」とフィナーレを言った、ということが、克明に書かれていた。

この2つの作品を学生たちに読ませてから、教授が質問してきた。
「あなたがこの子どもたちの担任だったとしたら、この子たちにどのような指導をしますか?」
我々は考え込んだ。もちろん、私も頭をひねった。
「牛のしりつ」はとにかく間違いの多い文章で、指導しようにもどこから手をつけたものやら、というくらいの作品だった。でも、私はその文面に、一生懸命書いた子どもの姿が見えて、なんだかこれでいいことにしたいなぁ、と感じていた。でも、これは作文指導の授業。指導しなくちゃいけないんだよね・・・どこをどう指導したらいいんだろう? 「交通事故」の方は、逆にそこそこ書けている。これはこれで、どこを指導したらいいのだろう? 指導しなくちゃいけないのかな・・・。
すると、とある学生が発言した。
「交通事故の作文は、人が怪我をして救急車が駆けつけているのに、ファンファーレなど言っているところが問題じゃないかと思うんですが・・・」
教授が深くうなずいた。この作文の指導するべき点は、他人が大怪我をしているのに、それをテレビのできごとか何かのように見ていて、ファンファーレなど言ってはやし立てているところです。それに対して、こちらの「牛のしりつ」は文章はかなりすごいですが、飼い牛のことを心配してずっとお産を見守っている。子どもの気持ちが伝わってきますよね・・・。

これを聞いたとき、私は頭を殴られたような気がした。
作文指導というと、とにかく文章的に上手に書けることが大事なような気がしていたのだけれど、何より大切なのは、表現の善し悪しよりも、「その子が何を書いているか」に注目することなのだ、と教えられたからだ。
どんなに上手でことば豊かな文章だとしても、そこに書かれているのが他人を傷つけるような残酷な内容だとしたら、それはもう、美しい作文でも何でもない。
一方、どんなに下手くそでも、どんなに言葉づかいがおかしくても、そこに書かれている内容が他人を思いやるような、一生懸命なものだったら、それは最高の作文と言えるのじゃないだろうか。
作文は思いを表すもの。そして、思いを人に伝えようとするもの。
作文指導の真髄を、私はその時に教えられた気がした。

   ☆★☆★☆★☆

昇平が書いた注意のポスターは、文章的には意味がよく通じない。
たぶん、本人はこういうことが書きたかったんだろうと思う。

「大注意!
 ここには水がこぼれて滑りやすいことがあるので
 水道から20〜21センチ離れたところを通るか
 走らないようにして通ってください」

そもそも7センチ×4.5センチなんて小さなポスターで、1年生がどのくらい気がつくものか・・・。

だけど、そこには確かに昇平の「思い」があった。そこで滑って転ぶ子がもう出ないように。痛い思いをして泣く子が出ないように。一生懸命考えて、そして、このポスターを思いついたのだ。
長い間自分中心の世界に住んでいて、ひとり遊びばかり楽しんでいた昇平が、下級生を思いやって、下級生のために行動した。それは、本当に素晴らしいことだと思う。
文章としてはかなり稚拙だけど、これは最高のポスターだ、と私は思った。

連絡帳に貼られたポスターのわきには、ドウ子先生の字で、こう書き添えてあった。
「明日また戻して柱に貼っておくので、はがさずにこのままでお願いします。」
子どもの思い、子どもの心の成長を、しっかり見つけて評価してくれる担任に巡り会っていることを、本当に幸せだと感じた瞬間だった。

[05/08/31(水) 22:03] 学校

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