昇平てくてく日記

幼児〜小学校低学年編

聴覚過敏に立ち向かう

昨日の夕方、スーパーでのこと。
いつものように学童の帰りに買い物にまわり、昇平は自分のおやつを母のショッピングカートに入れると、後は雑誌コーナーで立ち読みしていた。母はレジに並んでいたので、昇平の様子がよく見えていた。
すると、昇平に近いサッカー台(買ったものを袋に詰めるための場所)に2才くらいの子を連れたお母さんがいて、その子が抱っこしてもらいたがって大泣きしながらお母さんにすがりついていた。や、やばい! 昇平が一番苦手なシチュエーションだ!
昇平には聴覚過敏がある。突然の大きな物音や声が大嫌いで、中でも特に小さな子どもの泣き声には過敏に反応する。ほとんどパニック状態になって、乳幼児相手に怒鳴ったりすごんだりしてしまうのだ。最近は少し反応がマイルドになってきているのだが、いかんせん、その子と昇平の間の距離が近すぎる。
心配しながら様子を見ていると、案の定昇平はすぐその子に気がつき、にらむような目つきでその母子を見ていた。
お母さんは荷物をレジ袋に入れなくてはならないのだから、いくら抱っこをせがまれても、抱っこしてあげるわけにはいかない。その子は泣き続ける。レジでは私のショッピングカートが計算されているところだった。昇平が、つとその母子の方に動いた。あ、だめだ! 私は即座にレジを離れて昇平の方へ行った。
昇平が泣いている子の母親に向かって言っていた。
「おい、その子を泣かせるなよ!」
・・・そのお母さんは半分後ろ向きの姿勢だった。はたして、昇平の言ったことばが自分に向けられたものだと気がついていたのだろうか? そうでないことを祈りたいのだけれど。
私は昇平のそばに行って声をかけた。
「大丈夫かい? お母さんの車に行って先に乗ってなさい。ほら、これが鍵。自分で開けられるでしょう?」
実は、つい最近、私は車を替えていたので(と言っても、今度も中古車)、昇平は鍵から赤外線で開閉できるドアにとても興味を持っていた。
「ここをドアに向けてね、このボタンを押すんだよ。やれるよね?」
すると、昇平は気持ちがそちらに向いたようで、言われたとおり鍵を持ってスーパーを出て行った。私はあわててレジに戻ったけれど、その時には買い物の計算はすっかりすんでいた。
「すみません」
とレジ係と次の人たちに謝りつつ、支払いをすませた。

荷物を持って車に行くと、昇平はちゃんと自分でドアを開けて中に乗り込んでいた。ゲームをやっている。
そこで、昇平に笑顔で声をかけた。
「偉かったね、昇平くん」
すると、昇平が妙に大人びた声で答えた。
「俺、あの子のお母さんに『泣かせるな』って言ってやったんだ」
あちゃ。そうか、そっちの行動しか意識していないんだ。

そこで、車に乗り込んでから話を始めた。
「お母さんはね、昇平くんがあの子のお母さんに『泣かせるな』って言ったからほめたんじゃないよ。昇平くんが、自分からあの場所を離れて車に乗り込んだから、偉かったね、って言ったんだよ」
すると、昇平は憮然とした表情。納得がいかないに違いない。そこで、さらに続けて言った。
「前にも話したよね。小さい子が泣いてしまうのは、しかたがないことなの。だから、小さい子やそのお母さんに怒ったり文句を言ったりしても、どうしようもないの。昇平くんが我慢するしかないんだよ。だって、昇平くんだって、小さい頃にはいっぱいいっぱい泣いて、大きくなってきたんだからね。お母さんが『偉いね』ってほめたのは、昇平くんがお母さんに言われたら自分で車に行って、中で待っていることができたからだよ」
昇平はまだ憮然とした顔。なーんだ、そんなことをほめているのか、とでも考えていたのかもしれない。
そこで、今度は聞いてみた。
「小さな子が泣いていたら、どうすればいいんだっけ?」
「無視する」
と即座に昇平。そう、正しい行動は一応分かっているのだ。ただ、その場面になってしまうと、拒絶反応の方が先に立って衝動的に反応してしまい、正しい行動がとれなくなるだけで。
「そうだね。無視して、その場を離れて車に乗れるといいよね。その時に、何も言わずに黙って車に乗れると、最高にかっこいいよね」
まあね、という表情の昇平。でも、声に出しては何も言わない。
そこで、私はここぞとばかりに力をこめて言った。
「今日の昇平くんはね、かなりかっこよかったよ!」
これは本当だ。だって、一言だけお母さんに文句を言ってしまったけれど、子どもには怖いことばを言うこともなく、自分から車に移動することができたのだから。
すると、昇平がちょっと目を丸くした。その顔がじわじわと表情を変え、得意そうな顔つきになって、にんまりと笑う。ようやく、自分のどの行動が母にほめられているのかを、納得したのだ。

次にまた同じような状況になったときには、昇平が母子に文句を言い出す前に、また車の鍵を渡そうと思っている。
たぶん、この次には、もっとすんなりと車に移動するに違いない。それをほめつづけていけば、きっと、小さな子が泣いている場面に出くわしても、あわてずに自分から母を捜して鍵を借りに来るようになるだろう。
聴覚過敏そのものは、なくしてしまうことはできない。それは生まれ持ってきた身体特性だから。
でも、社会の中で生活している限り、小さな子と一緒になる場面は必ず出てくるし、その子が泣いてしまう場面だってきっと出てくる。だから、自分の聴覚過敏と折り合いをつけるためのスキルを、自分で身につけていくしかないのだ。
大切なのは、自分で自分の行動をコントロールできるようになっていくこと。誰かの力を借りるのではなく、自分自身でその困った場面から自分を守れるようになることなのだから。
聴覚過敏を持っている、ということは、それがない人に比べればいろいろな場面でハンディキャップになっていると思う。だけど、自分でそれに対応できていると感じるとき、きっと、それは本人の自信につながっていくんじゃないだろうか。もしかしたら、それが一番大切なことなんじゃないだろうか・・・。
満足そうな顔で後部席に収まっている昇平を見ながら、私はそんなことを考えてしまった。

[05/09/03(土) 09:40] 日常 療育

[表紙][2005年リスト][もどる][すすむ]