昇平てくてく日記2
小学校高学年編
春休み(前)の日記
3月23日(金) 天気:曇り
県内の公立小学校の卒業式。昇平も在校生として初めて参列した。
その日、迎えの電話をかけてきた昇平が言った。
「お母さん、ぼくこれから帰るからね。あ、お母さん、それからね、それからね――」
「なに?」
「卒業式、すごく良かったよ!」
式がどんなふうに進行したのかは、昇平に聞いてもわからない。でも、何かしら昇平なりに感じることがあり、卒業式というものに感動するものがあったのだろうと思う。
迎えに行って、車に乗った昇平に「来年は昇平くんたちが卒業式で送られる番だね」と話しかけたら、
「そう。俺たちが送られる番! 6年生だからな!」
と張り切った声を返してきた。すでに最上級生の自覚が始まっているんだな、と思ってほほえましかった。
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卒業式の後片付けもしてきた昇平は、帰宅が1時近かった。昼食を食べ、ひと休みしてから、3か月ごとの定期検診のために歯医者へ。
本当は明日に予定していたのだけれど、急きょ、歯医者の方の都合で今日に早まったもの。
1時間くらい待つ間、漫画を読んでゲラゲラ笑っているので、「もっと小さな声で」と何度か注意したけれど、まあ、上手に待っていられた方だろうと思う。
仕上げ見上げをする際に虫歯らしいものは見当たらなかったから、今回は歯みがき指導だけで終わるだろうと思っていた。
そうしたら、先生がビデオで昇平の口の中を写してから、
「ここのところね、奥歯の下から新しい歯が生えてきてますね」
たちまち、昇平が顔色を変えた。
「歯、抜くの!? 今日、歯を抜くの!?」
あっという間にパニックになった。
そうだよな〜。きっと虫歯はないはず、今日は大丈夫だろう、と思っていたところへ、いきなり予想もしていなかった抜歯の話だもの。大人だってびびるよねぇ、これは。
とりあえず歯みがき指導をしてから抜歯……と行きたかったらしいけれど、昇平は落ちつかず、暴言開始。絶対に歯は抜きたくない、怖い、と騒ぐ。先生も困り顔。衛生士さんも弱り顔。
そうだなぁ。もうちょっと予告というか、段階を踏んで言ってもらえたら、昇平にもショックが少なかったかも。
「虫歯はないようだけれど、ここのところに、ほら、大人の歯が出てきているんだ。ビデオで見えるよね?」
「このままでは子どもの歯が抜けないうちに伸びてきて、大人の歯が曲がってしまうと思うよ」
「子どもの歯を抜いた方がいいと思うけれど、急だからどうしようね。今日がいいかな、別の日に抜いた方がいいかな。この後、春休みになっちゃうから、そうすると患者さんが増えて、待たされるようになるとは思うんだけれど……」
子どもに直接話しても無理だと思うなら、母親の私に話す形でもいいから、そんなふうに持っていってもらえたら、昇平もそれなりに考えたかもしれない。
あるいは、
「急だからすぐには決められないよね。お母さんと話し合ってみるかい?」
でもいいな。
これからどういう見通しであるのか、そのために自分がどんなふうに意思決定できるのか。そこが明確になれば、本人の気持ちもだいぶ違うだろうとは思う。
とはいえ、一度パニックになった昇平は、なかなかおさまるものでもないけれど。(苦笑)
しかたないから、昇平に聞いてみた。
「今日は歯を抜きたくないの? それじゃ、別の日になら抜いてもいいの?」
それならいい、と昇平が答えた。別の日に抜く、と。
うん、きっとそう言うだろうとは思ったよ。子どもの歯をいつまでも残しておくと後々困ることは、自分で分かっているものね。歯列矯正を経験しているから。
それを聞いていた先生が言った。
「それじゃ今日じゃなく、別の日に抜きましょう」
あきらめたような声だった。
待合室に戻ってから、昇平と話し合った。別の日に抜いてもらうけれど、早いうちの方がいいと思うよ。いつがいい?
来週の木曜日、と昇平が言う。
それじゃ遅いかもしれないよ。あまり歯が伸びないうちの方がいいよ。予約が取れるなら、月曜日か火曜日がいいと思うな。
えぇー……と昇平、しばらくぶつぶつ言っていたけれど、やがて急に怒ったようにこう言った。
「わかった! もういいよ! 俺は6年生になるんだからな。火曜日でいいよ! やるよ!」
えらいね。そうだね、それでこそ新6年生だ。
でも、結局春休み中の予約は満杯で、次の予約は来週の金曜日の夕方にしか取れなかった。
これが分かっていたから、先生も今日のうちに抜歯してしまいたかったんだよね。
先生、本当にすみません。でも、この子たちは、こちらの都合にはなかなか合わせられないんです……。
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帰宅してからも、昇平の状態はあまり良くなかった。荒れてはいないけれど、落ちつきがなくて、やたらとハイテンション。疲れたんだね。そうだね、今日は卒業式と歯医者と、二つも大きな出来事が重なったんだもの。このうえ抜歯なんてのは、ちょっと課題が大きすぎたね。
本人に努力を求めるところ、本人の努力ではどうしようもないところ。さまざまなものが入りまじった中で、昇平の日常は過ぎる。
本人にとって生きやすい世の中、生きやすい人生ってのは、どんなものなんだろうなぁ、としばらく思いはせていた。
[07/03/24(土) 15:27] 学校 日常 療育・知識 発達障害