昇平てくてく日記3

中学校編

授業参観

 中学生になって初めての授業参観があった。
 クラス担任の授業の後、PTA総会があって、その後クラスごとの懇談会というスケジュールだった。
 昇平たちのクラスの授業は「学活」。

 ――学活?

 思わず心配になった。あの子たちのことだもの、話し合いが中心の学活をきちんとできるのかしら?
 案の定、授業開始時間になってもなかなか全員が揃わない。……と思ったら、なかなかクラスに戻ってこなかったのは昇平だった。おいおい。やっと全員揃ったと思ったら、L子ちゃんが「あたしの筆入れがない!」。どこかに置き忘れてきたらしい。昇平が「もう一生見つからないのか!?」とお決まりのセリフを言いながら、友だちや先生の制止も聞かずにまた教室を飛び出していった。おい〜……。ところが、昇平、今度はすぐに戻ってきた。手にはL子ちゃんの筆入れを持って。どこに置き忘れてきたか、心当たりがあったんだね。ふーん。休み時間にもL子ちゃんの席に行っていろいろしゃべっていたし、やっぱりこの二人は仲良しだ。同級生の仲の良さ。

 さて、学活の中身はというと、毎年6月に開かれるカレーパーティの相談だった。町内に3つある小中学校の特別支援学級が、持ち回りで会場になって、一緒にカレーを作って食べたり、ゲームを楽しんだりするのだが、今年は、その会場が中学校に当たっているというわけ。
 去年のカレーパーティの写真をパソコンでスクリーンに映して見るところから始まって、さて、何を話し合うのかな、と思っていたら、担任の岩沢先生が「カレーの材料には何が必要か?」を聞いていった。「肉」。「そうだ、肉だね」。肉の写真をプリントアウトしたものをマグネットで黒板に貼る……あら、値段まで書いてあるよ。「500g 750円」 その後、次々と子どもたちにカレーに必要な材料を言わせていったけれど、どの材料も目安の分量と値段が書いてある。あらら、これは面白い。カレーそのものの材料は思いついても、それがどのくらいの値段か、ということについては、彼らは意外なくらい知らない。そうだね。そういう買い物の経験はないものね。

 一通り、材料を全部張り出してから、おもむろに配られたのは「カレーパーティを成功させよう!」という段取り表。開催の日時と場所と参加人数が書かれている。そこに、準備の手順を書き込むようになっている。計画 → 材料の買い出し(前の日 3年生と先生で)→カレーパーティ当日 ……当日にも何をするのか、大きな手順を書き込むようになっている。つくる、とか食べるとか洗うなど。
 さらに、先に張り出した材料と値段を見て材料表を記入していく。先の材料は1グループ約6人分の見積もりだった。出てきた合計金額を6で割って、一人あたりの集金をいくらにすればよいかを割り出す。
 おー、これはこれはこれは……。
 集金は予算より少し多めに集めることにして一人300円。お金があまったら果物も買うことにして、どんな果物がいいか、さらに話し合い。できるだけ値段の安い店が良い、ということで、○○の店がいいよ、とか、安い店を調べておく、とか。

 その授業の様子を見て、3年生のKくんのお母さんが、「すごい、まともな授業になっているわ」と感心していた。去年までだと、もっと騒々しくて、話し合いもなかなかまとまらなかったらしい。上級生が皆3年生になって大人になってきたことに加えて、1年生に女の子のL子ちゃんが入ってきて、上手に授業の流れをリードしてくれていたのが大きな要因だったらしい。もちろん、先生の授業の進め方がうまかったのは言うまでもないけれど。
 実際、L子ちゃんはクラスの中でとても良い雰囲気の存在だった。まったく気負わずに授業の流れに乗った発言をしてくれるし、男の子たちのように「わかっていても発言しない」ということもない。それに、やっぱり女の子がいるだけで、クラス全体の雰囲気が柔らかくなる。……私は去年も学校公開の時に授業をのぞいていたので、その違いははっきりわかった。3年生のお母さんたちも同様に言っていたし、岩沢先生も後でやはりそうおっしゃっていた。
 う〜ん。女の子の存在は偉大だなぁ。(笑)

 昇平は、というと、ガッタンガッタン椅子を揺らし、姿勢は悪いし話もあまり聞いている様子はない。あんまり態度が悪いので、後ろから近づいて、丸めたプログラムで後頭部をひっぱたいてやりたいくらいだった。いえ、本当にはしませんよ。ただ、それくらい態度が良くなかった、ということ。
 でも、よくよく見ていたら、ちゃんと段取り表を記入するときには記入していたし、計算もちゃんとしていた。聞いていないようで聞いていたし、ちゃんと見ていたらしい。「昇平くん、張り切っていたね」とKくんのお母さんにも言われたとおり、参観日で大勢のお母さんたちに見られていて、かなり興奮気味だったのだ。実際、椅子からひっくり返ったことも一度あった。あのねぇ……。でも、なんだかおかしくなって、笑ってしまった。
 今の3年生たちも入学当初はそんなふうだった、3年生になってようやく落ち着いてきたんだよ、とKくんのお母さんが言ってくれた。そうね。これからの中学生としての成長に期待しましょうか。(苦笑)

 もう一つ、小学校と大きく違っていたのは、昇平が自分から全然発言しなかったことだった。6年生の時には、あれほど自分からいろいろ発言して、言わなくても良い場面にまで口を出していたのに。
 その違いが不思議だったけれど、帰宅してから、ふと気がついた。去年の昇平は「小学校の最上級生だから、クラスの他の子たちに教えて上げなくちゃいけないんだ」という使命感(?)に燃えていた。でも、この4月から、昇平とL子ちゃんは下級生。今までのように気負った行動を取る必要がなくなったのだ。ある意味、場面に合わせた行動ができていることになる。
 ふ〜ん、そうだったのか〜……となんとなく感心してしまった。
 とすると、来年になって、また新入生が入ってきたりすると、また「ご指南役の昇平」が復活するのかな?

 実際のところ、最初私が「えっ、学活?」と思ったように、話し合いの課題は、彼らにはなかなか難しい。かえって数学や国語といった教科授業をしたほうが、授業参観には簡単だったのじゃないかとも思う。
 でも、見事なまでに、学活は成立していた。カレーパーティの日時と段取り、集金の金額を確認し、そこでやるゲームについては、またこれから時間をかけて考えていくことで授業が終わった。
 お見事でした。パチパチパチ……。実体験の少ない彼らに買い物の経験をさせることまで考えに入れた、良い授業だったと思う。3年生のHくんのお母さんも、「こんなに授業らしい授業を見たのは初めてだわ!」と感心していた。


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 体育館でPTA総会に出た後は、またクラスに戻って懇談会。3年生の保護者としてはKくんのお母さんとHくんのお母さん、それに1年生の保護者の私とL子ちゃんのお母さん。全員が同じ小学校の出身者だった。

 岩沢先生からは、今年のカリキュラムや特支学級としての教育方針の説明があった。
 今年からは今まで以上に交流授業を増やしていくという。3年生は上の学校に進学することを考慮して、大人数学級に所属できる力を養うのが目的。高校では、中学までのような少人数制の特支教育はまだ望めないから。体育や音楽、技術家庭、音楽といった実技教科はすべて交流学級に行くことになる。五教科の方は、受験も考慮して特支学級で受ける。
 ただ、3年生はそれぞれ交流学級が違っているので、その子によって特支学級を抜けて協力学級に行く時間が違う。カリキュラムを組むときに、できるだけ全員の授業にばらつきが出ないように、学校全体の規模で配慮したらしいけれど、それでもやはり子どもによって進む教科と遅れる教科が出てきてしまう。それを、「補充」という時間を作って調整していくことにしたらしい。その「補充」の時間は、岩沢先生と隣のクラスのH先生とで担当するという話。すごい、すごいぞ、中学校! 本当にすごいぞ!
 ちなみに、昇平とL子ちゃんは同じ協力学級に配置されているので、二人の学習進度にずれは起こらない。なので、基本的に1年生の彼らに「補充」の時間はない。

 1年生たちは、実技教科だけでなく、社会と理科も協力学級で学習している。昇平がどんな態度でいるのか心配だったけれど、介助の赤井先生の話などによると、むしろ協力学級に行っているときの方がちゃんとしているのだそうだ。「原学級である特支学級では甘えの気持ちも出てくるんでしょうね」と岩沢先生が笑っておっしゃっていた。なるほど。小学5年生の時のように、「わからない!」と協力学級で騒いで迷惑をかけるのが心配だったので、この話には本当にほっとした。

 これ以外にも、昇平が入部することになったパソコン部のことなど、いろいろ話を聞いた。パソコン部では検定試験にも挑戦させるそうだ。ふ〜ん、ふ〜ん……これは本当に面白いことになっていきそうだこと!(笑)

 その後は、教室でそのまま保護者同士の雑談になった。子どものこと、自分のこと、いろいろしゃべって笑って、帰る頃には今日が初対面だったL子ちゃんのお母さんと他のお母さんたちもすっかり打ちとけていた。良かった。今年1年、お母さん同士みんなで仲よくやっていけそうだね。とても楽しい懇談会だった。


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 私たちは今、ちょうど本当に中学校が特別支援教育について変わっていく時期に巡り会っているんだろうと思う。
 昨年とはずいぶん変わった、一昨年入学したときとは全然違っている、と3年生の親たちからはずいぶん聞かされた。
 そうなんだろうと思う。私自身が学校公開などで見に来ていた中学校の様子と今日の様子も、本当に違っていた。子ども一人ずつを考えて、一人ずつに必要なものに対応しようとがんばっているのが、はっきりわかる。
 その成果が出てくるのはこれからだし、決してスムーズにばかりはいかないだろうとも思う。
 だけど、そうやって中学校が動き出していることが、私には本当に嬉しく思える。結果は後からついてくる。まず目標を持って動き出すことが何より大切だから。
 ここでは詳しく書かないけれど、PTA総会で校長から説明された、今年度の学校全体の「経営・運営ビジョン」もすばらしかった。目標をしっかり立て、そのために力を入れることを具体的に挙げ、さらに目標達成のための評価まできちんとすることになっている。特別支援教育にしっかり取り組める学校は、学校全体の運営もしっかり考えていると感じてきたけれど、やっぱりそうなんだな、と思った。……ちょっと誉めすぎ? いえいえ、本当に、学校全体の志が感じられる、すばらしいものだったんです。

 学校を出て駐車場に向かいながら、KくんとHくんのお母さんがしみじみと言っていた。
「この体制が、せめてもう1年早く始まってくれていたらねぇ」
 2年生のクラス替えの時に、今の3年生の保護者たちは、子どもたちの協力学級を同じにしてほしいと学校側に希望を出していたのだそうだ。答えは不可能。当時4人いた3年生は、全員がばらばらの協力学級に所属することになって、それが今に続いている。せめて2人一緒に配置してもらえば、補充の授業だってもっとやりやすかっただろうに、と言うのだ。それ以外のさまざまな授業でも、去年までより今年の方が、はるかに考慮されていて充実している。
 それはもちろん、今の3年生以上の保護者たちが熱心に学校に改善をかけあってきた結果だし、私たち1年生の保護者も入学前から中学校に足を運んでお願いしてきた成果なんだろうと思う。だけど、それが充分に間に合わない子どもたちもいる……。過渡期のつらいところだ。
 昇平やL子ちゃんは最初から学習環境の良いところへ入学することになった。これはとても幸せなことだけれど、同時に、先の子どもたちやその保護者たちには申し訳ない気持ちになるところでもある。
 ごめんね。ごめんね。私たちが受けるこの環境を少しでも良くしていって、この後に入ってくる子どもたちのために残していくからね。続く子どもたちがもっともっと充実した教育を受けられるように。みんながもっと笑顔でいられるように。そのために、私たちも努力していくからね。――それが私たちの恩返し。

 ついに歩き出した中学校。その特別支援教育は、どんなふうに変わっていくことだろう。
 これからも、昇平を通じて、授業参観や学校公開の場面で、その変化と進歩を見ていくことができるだろう。直接的、間接的に、保護者が関わることも出てくるだろう。
 そういう場面に出会っていることは、とても幸運なのかもしれない。少なくとも、私はとても嬉しい。学校と親が一緒に同じ目標へ歩いていけるから。
 これからの3年間は、小学校以上に充実した時間になるかもしれない。そうなることを期待しながら、帰路についた。

[08/04/23(水) 21:06] 学校

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