戦争の夢
今朝のこと。起き出してきた昇平が浮かない顔をしていた。「怖い夢を見た」と言う。
「どんな夢だったの?」と聞いたら、メモ用紙に絵を描きながら、こんな話を聞かせてくれた。
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絵1
ぼくとお父さんとお母さんとお兄ちゃんがビルに行ってね、食堂みたいなところに行って座っていたんだ。そうしたら、窓の外で原爆が落ちて、雲が上るのが見えたの。(絵1・左)
それから、窓から機関銃が出てきて食堂の中に撃ってきたの。ぼくたちはみんな逃げ回ったんだけど、ぼくは足に弾が当たって、やけどしたみたいに熱い感じがしたんだ。(絵1・右)
絵2
ぼくたちはようやく逃げ出してね、また別の食堂みたいなところに行ったんだ。そしたら、そこにおばちゃんが一人いて(絵2・上:テーブル向かって左のお団子ヘアの人物)、食事を出してくれたんだ。
そこから出たら、町にはもう兵隊はいなかったの。お父さんとお兄ちゃんはこっちの道から家に帰ろうって行ったんだけど(絵2・上側の矢印のルート)、お母さんは「安全な道を探して帰ろう」って言ったんだ。(絵2・下側の矢印のルート)
絵3
豪華な家の中に男の人が座っていてね、ぼくたちにおにぎりをくれたんだよ。
絵4
でもね、そこから出たら、また道路に兵隊がいっぱいいたの。(絵4・銃を持った人物たち) ぼくたちは車に乗って逃げたんだ。
絵5
そしたらバラックに着いたんだ。(絵5・右の三角がバラック) 子どもたちがいっぱいいたよ。パソコンも一台だけあった。(絵5・左の一番下)
そこで目が覚めたんだ。すごくいやな夢だったなぁ。
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昇平がどうしてこんな夢を見たのか、私にはだいたい想像がついた。
昨夜、寝る前に物語の読み聞かせをしたのだけれど、その中に「八つ裂きの刑」ということばが出てきて、それはいったいどういう処刑のしかたなんだ、と昇平が聞くので、説明をしたのだ。
八つ裂きの刑。よくことばでは聞くけれど、実際のやり方は案外知られていない。手足に鎖やロープを結びつけ、それを四頭の馬につないで、それぞれ別の方向へいっせいに走らせる、受刑者は手足がちぎれて絶命する、という壮絶な処刑法。ヨーロッパでも日本でも、昔、本当に行われていた。
ところが、昇平はそれを聞いて面白がった。手足がばらばらになって……というところでは、笑いながら絵に描いていた。上の写真のような線画だけれど、コミカルに描かれていた。
これは……、と思い、そのことはあえて叱らないで、逆にもっといろいろな処刑法について詳しく教えることにした。
はりつけの刑っていうのはね、太い杭や十字架に人をはりつけにしてね、下から槍で突き刺して殺したり、水も食べ物も与えないで太陽の下にほったらかしにしておいて、飢えや渇きで弱って死ぬのを待つような、そういう処刑のしかたなんだよ。昔の処刑法で、今はやらないけどね。
今の日本の死刑は絞首刑、つまり縛り首だよ。やり方はね……アメリカなんかだと電気椅子で死刑にするし、銃殺にする国もあるよ。
昇平はとても興味を持って、身を乗り出して聞いていたけれど、気がつくと、いつの間にか涙ぐんでいた。「怖い?」と聞くと、黙ってうなずいた。「じゃあ、この話はもうやめようね。夜、夢に見ちゃうと大変だから」。
そして、実際に昇平は戦争に巻き込まれる夢を見てしまった、というわけ。
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寝る前に相当ショッキングな話をしてしまったことを、母親として反省しないわけではない。
でも、これはとても大事なことなんだろうと思っている。
今の日本では「死ぬ」とか「殺す」ということばがあまりにも軽々しく使われていると思う。
そのことがどんなことなのか。どんな行為であり、どんなふうに感じられ、どんな結果を招くのか。
それを経験して理解しろ、と言ったって、それはあまりに無茶なことだから、学校では戦争体験を通じた平和教育に力を入れる。戦争の悲惨さを伝える話は、世界の平和を訴えるだけでなく、人の命の大切さ、それを守ることの大事さを子どもに教えようとしている。
物語も、それと同じことだろうと思う。
実際には経験できない(経験させるわけにはいかない)処刑方法を具体的に聞かされたとき、頭の中でそれを疑似体験して、その怖さを味わったんだろうと思う。
それが、以前学校で聞いた「戦争を題材にした平和教育」を連想させて、戦争の夢を見ることになったのだ。
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人間は、基本的にとても残酷な存在なんだと、私は思っている。
「人の痛みがわからない若者が増えている」と世論は嘆くけれど、実際には、それが人間の本来の姿なんだろう、と思う。当然だ。人は自分の見聞きしたこと、感じたことしかわからないんだから。
理解できないからいじめる。自分は痛みを感じないから、簡単に傷つける、相手を殺す。だって、自分は全然苦しくないから。自分はちっとも痛くないから。
でも、それが人間の本来の姿だとしても、それが正しい、というわけではない。そんなことを「OK」にしてしまったら、人類はもう存続していくことができなくなる。
だったら、大事なことはなにか?
「それが実際にはどういうことなのか」を、わからない人たちに伝えていくことなんだろうと思う。
ゲームや漫画で戦う場面はかっこいいけど、実際にはこんなふうに残酷なんだよ。
炎上する建物は派手でわくわくするかもしれない。でも、その中には人が取り残されていて、その炎の中で熱い熱いと言いながら、今まさに死のうとしているのかもしれないよ。
本当に傷つけたら痛いし、血が出るし、治るのにとても時間がかかるよ。一生治らないことだってある。まして、死んでしまったら――人間はリセットボタンでは生き返ってこないんだよ。
物語として、漫画として、ゲームとして、そういうものにわくわくする気持ちというのは、あって当然だろうと思う。昔から、人間はそういうものを楽しんできたから。
ただ、「それが本当はどういうことか」ということだけは、やっぱり知っていかなくちゃならないだろうと思っている。
自分の中で一線を画し、大切なものを守っていくために。
寝る前の恐ろしい話が、怖い戦争の夢になり、昇平は夢の中で逃げまどった。
「ホントに怖い夢だったな」と青ざめてつぶやく昇平に、「そんな時は、『夢で良かったなぁ』と考えるといいんだよ」と教えてあげた。
本当に夢でよかったよね。
夢で良かった、平和な世界で良かった、と心から思った気持ちを、ずっと忘れないでいてね。
母親として、大人として、心からそんなふうに考えた。
[08/05/12(月) 09:44] 家庭