昇平てくてく日記3
中学校編
「俺はわかった」
昨日、昇平は家で大かんしゃくを起こした。
今、学校では学校祭の真っ最中。特別のスケジュールや行事内容、合唱コンクールの練習にがんばるなど、普段とは違うことにがんばってきて、疲れも出たのだとは思うのだけれど。
昇平は、かんしゃくを起こすと他人をことばで攻撃する特徴がある。全部自分以外の人やものが悪いことになるので、以前から困ったことだと思っていた。それが昨日は母親の私に向いた、というわけ。全部お母さんが悪い! 思い通りに行かないのはお母さんのせいだ! お母さん、俺にお詫びしろ!
馬鹿者。いくら母でも、いくら思い通りに行かなくて面白くなくても、そんな暴言は聞いていられないよ。ぶっつんぶち切れ。昇平に雷を落とした。
……私を「決して子どもを叱らない優しいお母さん」だと思っている方がいたら、今すぐ考えを改めましょう。私は怒るとものすごく怖い母です。力では昇平の方が私より強くなってきたけれど、それでも私は決して引いたりしません。駄目なことは駄目、悪いことは悪い。叱るときには徹底的に叱ります。閑話休題。
暴言から一転謝罪モードになった昇平だけど、昨日はすぐには許さなかった。最近この他人への攻撃性が目に余ってきていたから。反省したって口だけ、その時だけで、本当には反省してないというのも感じられた。
母がなかなか許さないので、昇平はだんだん自己攻撃モード。俺はバカだ! 駄目だ! 最低だ! と言うから、冷ややかに「うん、そのとおりだね」。
……だから、この母は、怒らせると怖いんですってば。
「どうして俺はこうなんだ?」と昇平が言った。あれのせいなのか、これのせいなのか、とまた自分以外の何かのせいにしようとする。だから、はっきりと言ってやった。
「それはね、君自身のせいだよ。君の中にあるもの。君が持って生まれてきたもののせいなんだよ」
すると、昇平が突然、はっとした顔になった。ほんの少し考え込んで、言ったのがこのことば。
「俺はわかった。だから、俺は8組(中学校の特支学級)にいたのか。俺は8組の他の連中を馬鹿だ、駄目だと思ってたけど、本当は俺もそいつらと同じだったのか」
最近、周りのことも自分のことも、今までより見えるようになってきた、と感じられていた昇平だった。いつか、自分自身に気がつく日が来るだろう。その日はもう遠くないんだろう、とうすうす感じてはいたけれど、「その日」は突然やってきた。
今まであれほど、「君だって8組の他の子たちと同じなんだよ。君にだって他の子と同じような苦手はあるし、他の子たちにだって君のように得意はあるんだよ。それが一人ずつ違うだけなんだよ」と言い聞かせてきたのだけれど、この瞬間、それが昇平の中に落ちたのだ。
今まで、自分が正しいと思ってきたから、○○君にこんな悪口を言った、○○ちゃんにあんなことを言って責めた。そんな話を次々に告白して、「でも、俺は間違っていたんだ。おれも同じだったんだ」と言う。
そんな昇平を見守ってしまった。なんだか顔が青ざめているように見えた。でも、その事実に気がつくことは、とてもとても、とても大切なことだよね。
なにもかも納得した、と昇平は言い続ける。どうして自分が小学校ではゆめが丘学級にいたのか。中学校に入ってからは8組にいるのか。何故、L子ちゃんが途中からゆめが丘に転入してきたのか。
自分は、何か話そうとしても、なかなかうまく話せない。誰かに話をされるとすごく恥ずかしくなる。恥ずかしくて、それに答えるのも恥ずかしくなる。それがどうしてなのかも、やっとわかった。
俺はテストの点数が俺より低いL子ちゃんを馬鹿だと言ってきた。だけど、L子ちゃんはテレビとかよく見てるから、いろんなことを俺よりよく知っている。俺はテレビをほとんど見ないから、そういうのは全然知らない。そのことにお母さんたちがいってきたことも、やっとわかった。
俺は障害をもってるんだね。それは特支学級にいる他の子たちと同じものなんだね。だから、おれは特別な場所にいて、お母さんや先生たちは俺たちにいろいろ指導をするんだね。
昇平は、色々なことばや記憶の場面を言って、それを確認していた。
だから、私は静かに答えた。
「あたり。そのとおりだよ」
「やっぱりね。そうだと思ったんだ」
そう答えた昇平の声は、少し泣きそうに聞こえた。
その後も、昇平は、あのこと、このこと、いろいろ確かめていたけれど、そのうちにこんなことを聞いてきた。
「俺は今、やっとわかったけど、そういう俺をお母さんはどう思ってるんだ?」
答えようとしたら、それより早く別のことを話し出す昇平。聞きたいけれど、聞きたくない。そんな態度。でも、私が言いかけたことばに耳をとめて、「なに?」と聞き返してきた。
苦笑いしながらもう一度言ってあげた。
「お母さんはね、そんな昇平くんが大好きだよ。そして、大人になってきたんだなぁ、と思って見ているよ」
昇平が黙った。少し何かを考えているような顔をした。
それが大人になるってことなんだよ、という話をした。子どもはみんな、自分が最高だ、すばらしい、って思っているけれど、大人になるにつれて、自分はそんな大した人間じゃないんだ、って気がついていくの。それは昇平くんだって同じこと。君は今、それに気がついた。それは大人になってきた証拠なんだよ。
大人になっても自分は全然変わらないんじゃないかな、と昇平が言った。
変わらないこともあるね。でも、変われることもたくさんあるよ。大人になるにつれて自然と変わること、自分で努力して変わっていくこと、努力しても変わらないこと、それはいろいろだけど。でも――変われるところは変われるんだ。そして、そのためには、自分で自分をよく知らなくちゃいけないんだよ。今、君が気がついたようにね。
これから、昇平はいろいろなことを確かめていくようになるだろう。
自分自身のこと、自分のまわりのこと。今までの自分の人生。今の自分の環境。これから訪れる未来。いろいろなことを考えていくだろう。
それはすべて、「自分に気がつく」ことから始まる。
昇平には発達障害という名前の個性がある。それは動かしようがない真実。
だったら、それをしっかり見つめながら、「自分はどうしていったらいいか」を考えていかなくちゃね。
幸い、昇平はその後、大きく落ち込むようなことはなかった。
ショックはショックだったようだけれど、それでも落ちついて過ごしていた。今朝も普通に学校へ行った。
私も、この後しばらくは注意して見守ろうと思うけれど、だからといって大きく何かを変えることもしない。あたりまえに、いつもの生活を続けていく。そして、その中で、昇平が始めた「自分探しの旅」を手伝ってやろうと思っている。
「自分探し」は、自分に気がつくことから始まる旅。
自分で生きていくようになるための、大切な過程。
先は長い旅路だけれど――がんばれ、昇平。
[08/10/17(金) 09:05] 家庭