昇平てくてく日記3

中学校編

修学旅行に出発する(追記あり)

 昇平が、今朝無事に修学旅行に出発しました。家を離れて二泊三日、京都と大阪を回って歩きます。

 昇平は旅行が近づいてきても、驚くほど落ち着いていました。春休み中に一度だけ「大丈夫かなぁ」と心配そうに洩らしましたが、「班のみんなと一緒に行動すれば大丈夫だよ」と話すと、「そうだね」と言って、あとは不安がることもありませんでした。班のメンバー表を見てみると、去年の見学学習で仙台をフィールドワークした子や、小学校の宿泊学習で一緒だった子が大勢いました。昇平の方はお友だちの顔を覚えるのが苦手でも、向こうが昇平をよく知っているので、それが安心感につながっていたのでしょうね。
 担任の長谷田先生も、可能な限りついていて見ていてくださるそうです。(もちろん、子どもたちの自主活動の場面では、離れたところから見守るのでしょうが)昇平が一番不安なのは、「わからなくなってしまったときに、どうすればいいか」ということなので、何かあれば担任に聞けば大丈夫だと考えて、なお安心していたのだと思います。

 荷物を母と一緒に準備をして、大きなバッグは昨日のうちに宅配便で宿泊先まで送り、準備万端整えて早めに寝た昇平。夜中の3時頃に目が覚めて、トイレに行った後、しばらく眠れなかったそうです。わくわくどきどきだったのでしょうね。でも、寝不足の様子もなく起きてきて、手早く身支度をすませ、出発前には自分から手荷物の最後の確認をしていました。
 学校までは車で送りましたが、「それじゃ、京都や大阪の街並みを楽しんでくるからね!」と張り切って降りていきました。その後、体育館で出発式を行ってから、バスで仙台空港まで向かい、飛行機で大阪へ。今日の日中はクラスごとに大阪を回って、夕方、京都の宿舎に入るという日程です。大阪の道頓堀や新世界地区にも行くようなので、きっと彼が楽しみにしている「賑やかな街並み」をたっぷり見られることでしょう。
 明日は班ごとに京都市内をフィールドワークするようです。

 私は駐車場でバスの出発を見送りました。他にも数人のお母さんたちや、学校の先生方が見送ります。
 その中に、1年の時の担任だった岩沢先生の姿もありました。定年で退職された後、再任用で先生を続け、今年またこの学校へ戻ってこられたのです。特別支援学級の担任にはなりませんでしたが、またひとつ心強い材料が増えました。
 岩沢先生にご挨拶をすると、「1年ぶりに昇平くんを見たら、ずいぶん大人になってきていましたね。班でも、他の班員とうまくやっていこうとがんばっている姿が見られましたよ」と教えてくださいました。

 昇平は、体育館からバスへ班の子たちと一緒に走っていきました。見送ることはあらかじめ教えてあったのに、母を捜すこともしませんでした。ニコニコと、とても張り切った笑顔で乗り込んでいきます。
 バスのドアが閉じ、先生方やお母さんたちに手を振りながら出発する子どもたち。でも、席が反対側だったのか、昇平の姿は見つけられません。みんなと一緒に、当たり前のように出発していきました。

 遠ざかるバスを見送りながら、不覚にも涙がこぼれそうになりました。
 人と違った配慮は必要だけど、それでも、こうして二泊三日の修学旅行に送り出せるようになった、という感激と、またひとつ、昇平が親から遠い場所へ行ったのだ、という想いが入り混じります。嬉しいけれど淋しい、淋しいけれど嬉しい。親の気持ちは複雑です。
 楽しい修学旅行になりますように。みんなと協力して行動することのすばらしさを感じてきてくれますように。そして、なにより――無事に帰ってきてくれますように。

 昇平たちが帰ってくるのは、明後日の夜8時過ぎの予定です。

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班の友だちとバスへ向かう昇平。(中央手前から2人目)


【追記 20:10】
 夜8時頃、突然私の携帯に宿泊先から電話がかかってきました。
 修学旅行中は緊急時以外連絡は入らないことになっているので、何事かあったかとドキッとしましたが、電話をかけてきたのは昇平自身。担任の長谷田先生が気をきかせて、「おうちに電話したら?」と言ってくださったのだそうです。
 昇平自身は、とても張り切った声をしていて、「ぼくはこの通り元気ですから、心配しないでください!」と。(笑)
 「そうか〜、よかったね」と答えたら、「はいっ!」と言って、そのまま電話は切れました。
 初日は順調に過ぎたようです。

[10/04/13(火) 10:01] 学校

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