昇平てくてく日記4

高校編

〔10〕元気になれば理解も進む

6月20日(月)
 フリースクールの日。
 先週は不調な日が多かったが、この日もまだそれが続いていて、「急に怖くなった」と言い出したり、「どうしてネットの子どもたちは相手を攻撃するようなことばかり言うんだろう」ということを繰り返し繰り返し口にしたりして、不安定だった。
 これは自閉特有の不安感やこだわりなんだ、と主治医から説明されているし、それはその通りだろうとは思うのだけれど、本人の心身の調子が悪くなると急激に状態が悪化するし、元気なときにはそれなりに不安を整理して自分の中で折り合いをつけているので、私はこれを「自閉の特徴=どうしようもないもの」とは考えずに、「軽い病気の状態=何かしら対処ができること」と捉えて、昇平にもそう話すようにしている。
 今月は学校へ行く日が多かったし、遠足もあったから、疲れちゃっているんだよ。そうなると脳も疲れちゃって、セロトニンって物質をあまり出さなくなっちゃって、それで嫌なことが浮かんできたり、嫌な考えが振り払えなくなっちゃったりするんだって。だから、セロトニンを増やしてくれるお薬を飲んで、ゆっくりしようね。今週はフリースクールの日も多いから、きっと元気になれるよ……。そんなふうに話して、スクールへ送り出した。

 フリースクールでは落ち着いて過ごせたようだったが、夕方、帰りの電車がトラブルで小一時間遅れ、パニックを起こしかけたので私が隣町の駅まで迎えにいくというハプニングがあった。昇平は車の中で「今日もさんざんな日だった!」と言っていたが、しばらくしたら落ち着いてきて、「電車が遅れるときには駅に必ず放送が流れるから、放送があるときにはよく聞くんだよ。聞き取れなかったら、駅員さんに確かめるんだよ」というアドバイスが聞き入れられる程度には回復した。

−−−−−−−−−−−−−−−

6月21日(火)
 フリースクールの日。
 朝から暑かったが、午後になって急に曇ってきて、午後2時半から3時頃まで猛烈な雷雨。ゲリラ豪雨とはこれのことか、という集中豪雨になった。
 落雷でスクールも停電したので、いつもより早めにスクールが終了になって、昇平は一本早い電車で帰ってきた。
 昇平の中でまた整理が進み始めたようで、「ネットで男子たちが(死ねや殺すなどの)乱暴なことを言っているのは、本当にするわけではなくて、ちょっと調子に乗っちゃっているだけなんだよね?」と言うようになってきた。「その通りだよ」と同意してあげている。

−−−−−−−−−−−−−−−

6月22日(水)
 今日もフリースクール。
 親の会でも一緒のSくんがお試しで来始めたようで、午後、少し一緒に遊べたらしい。
 ところが、ちょっとしたことから昇平が怒り出して、それを他の子に注意されたので、パニックになって大騒ぎをしたらしい。その後、スクールの外に出てクールダウンしてから、先生とじっくり話をしたので、だいぶ落ち着いて帰ってきたものの、「スクールでもまたやってしまった!」「ぼくはどうしようもないヤツなんだ!」と考えが自己否定に向かっていたので、そうではなくて、仲よくなっていくための良い経験をしてきたのだ、という話をして聞かせた。
 Sくんに謝りたい、というので、昇平の謝罪のことばをSくんのお母さんへメールしたところ、うちでは全然気にしていないよ、大丈夫、というお返事をもらって、昇平もとてもホッとしていた。

 人と人との付きあい方は、人の中でしか育たない。理解のある先生がいて、相手の子どもにも理解のある親が付いているから、私も安心してフリースクールへ昇平を送り出せる。喧嘩して、怒って泣いて、反省して、決心して、努力して――そうやって、人はだんだんに他人との付きあい方が上手になっていくんだよね。
 昇平たちは本当に良い場所に巡り会っていると思うし、そのフリースクールの再開を支援してくださった方たちには、本当に、いくら感謝してもしきれない。ありがとうございます!

−−−−−−−−−−−−−−−

6月23日(木)
 今日が期限のレポートがあったので、それを提出に福島の学校まで行ってから、電車で引き返してフリースクールへ。
 朝、出かけるときには「今日もSくんが来たら、今度はぼくのやりたいことを押しつけたりしないから」と言って、Sくんのためにゲームの攻略本なども準備していったのだけれど、Sくんのほうで、「そのゲームは攻略本があっても、ぼくには難しいから」と言ってきたので、話し合って別のゲームで仲よく遊ぶことができたらしい。よかったよかった。
 
−−−−−−−−−−−−−−−

6月24日(金)
 初めて体育の授業があった。
 昇平の高校には体育館がないので、体育はバスで15分ほどのところにある公営の体育館を借りて行う。親の会の勉強会で何度も行ったことがある場所のすぐ近くだったけれど、体育館は初めてだし、バスで行くのも初めて。ということで、私も付き添って行った。
 昇平は、電車の乗り方はほぼ完璧になっていた。バスのほうも、ICカードをかざせばよいだけなので楽々とこなしていた。定期券、チャージ式のICカード、そして携帯。今は自主行動のための心強い道具がいろいろ揃っている。
 体育の授業は柔軟体操や筋肉トレーニングの後で卓球。昇平も一応まともにできたらしい。ただ、卓球台の順番を待っている間に眠くなって、体育館の隅で爆睡してしまったと言っていた。とにかく昇平は授業中にしょっちゅう昼寝をしてしまうけれど、それでも叱らずに「授業に参加したこと」を認めてくれるのだから、本当に良い学校だ。

 授業が終わってから、体育館脇の食堂でラーメンを食べ、隣接した大きなスーパーで買い物をした。その近辺は郊外型ショッピングセンター街になっているので、他にもいろいろな店が並んでいる。「次の体育のときにはあの店に回ろう」「ぼく一人で来たときにも、終わってから店を見て回っていいよね?」と、昇平は意欲満々になっていた。それが楽しみで体育も楽しみになってくれるなら上等。どうやら、予想よりずっと早く、自分だけで市内をバス移動できるようになりそうだ。

−−−−−−−−−−−−−−−

6月25日(土)
 今日が提出期限の英語のレポートがあったので、それをやるために学校の授業へ。「今日は寝ちゃうとレポートが仕上がらないから、がんばって起きているんだよ」と声をかけたら、「わかった」と言って出かけていった。
 それでもきっと授業中には終わらなくて、職員室でやってくるだろうと思っていたら、午後2時半頃、予想よりずっと早く「帰りの電車に乗ったから迎えに来てちょうだい」とメールが来た。どうやら、本当に寝ないで取り組んでいたらしい。「ずいぶん早くレポートが仕上がったんだね。がんばったんだね」とメールを返したら、晴れ晴れとした顔で電車から降りてきて、その後もずっといい表情をしていた。

 今週は、特に後半になって、自分でやりとげた、うまくいった、という経験が続いたので、精神状態がどんどん安定して、嫌なことが浮かんできても好きなもの(もっぱらポケモン)を考えることで振り払えるようになってきた。ネットで悪口を応酬する子どもたちについても理解がずいぶん進んで、それにつれて、落ち込むことや同じ内容を何度も繰り返し言うことも減っている。脳が元気になってきて、セロトニンの量が増えてきたんだろう、と思って見ている。

−−−−−−−−−−−−−−−

6月26日(日)
 今日は久しぶりで何もない日。
 昇平は朝8時に起床して、9時から「ポケモン」のアニメを観て、あとはネットをしたり、ゲームをしたり、絵を描いたり、私とゲームをしたり――して過ごしていた。夕方には一緒に買い物にも行った。
 午後には、お茶のおまけに付いてきた「ペットボトルのキャップで野菜を育てる」セットを使って、パセリやバジルの種まきもした。キャップ18個分も種をまいたけれど、うまく芽が出るかな……。昇平はパセリが大好きなので、食べられるのを楽しみにしている。

 今日は一日中、機会があるごとに「ネットで悪口を言う子どもたちについて」の話をしていた。それは、同じ内容の繰り返しではなく、理解を進めるための話し合い。人の考えや好みは一人ずつで違うこと、でも、最初はみんな自分の考えや好みだけが正しいんだと思っていること。男の子の場合はそれを強く相手に主張することが多いから、乱暴な言い方や攻撃的なことばが出てきやすいこと。でも、人は次第に、いろいろな考えや人がいることに気づいて、それを受け入れられるようになっていくこと……。
 「昇平くんもそうだよね。昔は自分の考えが絶対だと思って、そうじゃない人を責めていたけれど、今はそんなことはしなくなったものね。大人になってきたんだよね」と話すと、「うん、確かにそうだ」と言っていた。
 こういうのを、認知行動療法と呼ぶのだろうか? そのあたりのことはよくわからないけれど、本当に彼が納得するまで、もうしばらくやりとりを続ける必要があると思っている。夜にはどうしても不安のほうが勝ってリスパダールも必要になるけれど、全体的に元気になってきたので、考えも健全に向かっているように感じる。

 ところで、私は日中、花風社の新刊 『活かそう! 発達障害脳』 を読んでいた。最新の脳内科学に基づいた発達障害の分析とアプローチを述べた本で、対談形式だから読みやすいけれど、内容はかなり専門的。時々理解がついていかなくなって「???」になるものの、随所に「あっ、これわかる!」「確かにその通り!」というところがあって、すごく納得できる本だった。脳の中のセロトニン不足とパニックやこだわりとの関係もちゃんと書いてあったので、「やっぱり〜!」と嬉しくなった。
 本人の努力のせいではなく、もちろん、親の育て方のせいでもなく、脳が元々そういう「特長」をもっていた、ということ。そして、それは障害だから変わらないものではなくて、アプローチの仕方でちゃんと「発達」していくもの。私は理屈ではなく、昇平という子どもを通じて現実としてそれを見ているから、「そうだそうだ!」と何度も言いながら読んでいた。
 そして、トレーニングや薬だけでなく、「健康な脳」そのものを作っていくことも大事だと思う。そのためには健康な体を作ること。規則正しく食べて寝て起きて、栄養をちゃんととって、適当な運動をして……。当たり前のことなのに、その重要性を忘れがちになるこの現代の日本。もう一度そのあたりから見直すことが、効果的な療育につながるのかもしれない、とも思った。 

−−−−−−−−−−−−−−−

 http://www.sets.ne.jp/cgi-bin/asakura/ryoiku/light.cgi

☆昇平のブログ→ 「Dark Silver Zone」
 http://ley.cocolog-nifty.com/da_silver_zone_/




[11/06/27(月) 13:06]

[表紙][2011年リスト][もどる][すすむ]