昇平のおいたち・2
今回は昇平の「食」に関する思い出をたどろうと思います。
おいたち・1でちらっと書きましたが、生まれたばかりの昇平は、ミルクを飲むのがとても下手くそな赤ん坊でした。飲めないのではありません。飲むのが「早すぎる」のです。
飲むのだからいいだろう? 早く飲んでくれれば楽でいい? とんでもない!
前の日に生まれたばかりの赤ん坊が、80ccくらいのミルクを、哺乳瓶でゴクゴクと一気に飲んで5分ちょっとで飲みきってしまう。これは「異常」です。
新生児肺炎で小児科病棟に入院してからも同様でした。母は一緒にいられませんから、哺乳瓶でミルクを飲むしかないのですが、元気に一気飲みしては、直後に「ガボッ!」と吐き出してしまいます。一気飲みするときに、一緒に大量の空気も飲み込んでしまうので、いわゆる「背中をトントンしてゲップを出させて」なんて、生やさしい対応では、とても間に合わなかったのです。いえ、やりましたよ。背中をトントン、空気をゲップ。そうすると、「グェップ・・・ザザーーッ!!」という感じで、せっかく飲んだミルクを、あらかた吐き出してしまうのです。
腸に閉塞があってミルクや乳を噴水のように吐き出す病気もあるので、それも心配しましたが、昇平の場合はとにかく、飲むスピードが早すぎて、空気まで大量に飲み込むのことが原因でした。退院する際には、小児科の看護婦さんから「途中で何度も休ませながら、ゲップで空気を吐き出させてから飲ませるといいですよ」とアドバイスをされました。だけど、それも、そんな生やさしいことではありませんでした。一度哺乳瓶に食らいついた昇平は、ミルクを全部飲みきってしまうまで、頑として乳首を離さないのです。ミルクを飲んでは吐き、飲んでは吐き。乳首の穴を小さいのに替えて出にくくしてみたり、いろいろ試しましたが、効果はありませんでした。
赤ん坊だって、毎度毎度、食事のたびに吐き出すのは気分が良くなかったはずです。そのうちに、昇平は「哺乳瓶のミルクは飲むと気持ち悪くなるもの」と覚えてしまったようで、哺乳瓶を出されると、いやいやと拒絶するようになりました。どうしても口を開けようとしません。
母乳だと、哺乳瓶のように一気に出ると言うことはないので、昇平は母乳オンリーの赤ん坊になりました。どんなにお腹が空いても、受け付けるのは母乳だけ。それでも、私は母乳がそこそこ出ていたので、最初のうちはなんとかなりました。
ところが、昇平は夜泣きも本当にひどい赤ん坊でした。
新生児のうちは夜昼なく目を覚まして泣いては、乳やミルクを飲んだり、おむつを交換してもらったりしますが、3か月もたつ頃には夜にはあまり目を覚まさなくなりますし、だんだんまとまった睡眠を取れるようになります。
けれども、昇平はそのパターンが確立しないのです。夜中に突然、理由もなく泣き出して、それが全然泣きやみません。当時、私たちは同居していなかったので、舅姑に気を遣う必要がなかったのはありがたかったのですが、それでも、主人は翌日仕事がありますし、小学生になった長男も、朝には学校に行かなくてはなりません。昇平が夜中に泣き出すたびに、私は起き出して、隣の部屋で抱いてあやして・・・それでも、泣きやまない。そんな生活が続きました。
泣く原因もわからなければ、泣きやませるためのノウハウも見つからない。とにかく泣いて泣いて、30分から1時間くらい泣き続けて、突然またパタリと寝てしまう。やれやれ、と布団に戻ると、また2時間くらいで昇平が泣き出す。ひどい時期には、一晩に3回以上起こされました。それで昇平が日中昼寝をするなら、その時間にこちらも体を休めることができるのですが、何故か日中もあまり眠らない。
さらに、新生児肺炎の後遺症で、昇平は風邪をひきやすく、しょっちゅう気管支炎を起こしました。今にも呼吸が止まりそうなほど咳き込むので、私は昇平を抱いて胸に寄りかからせ、自分は部屋の柱に寄りかかって、上半身を起こした格好で寝ていました。とても寝た気がしない姿勢ですが、それをしなければ昇平が死んでしまいかねないのですから、やるしかありません。寒い冬の夜、柱にもたれて布団をからめて、昇平を抱きながらうとうとしていたことは、今でも忘れられません。
こんな生活をしていれば、母体だって疲れてきます。とにかく自分の睡眠がまともに取れないのですから。最初はたくさん出ていた母乳も、次第に量が減ってきたようでした。
昇平はどんどん成長していますから、乳の量だってたくさん必要になります。結果として、昇平はしょっちゅうお腹が空いた状態になり、授乳時間もなかなか間が空きませんでした。夜中もひんぱんに目を覚ましては乳を欲しがります。夜の授乳はずっと続いていました。夜泣きの原因は、授乳量が少ないせいではないか、とずっと考えていました。だけど……それでもやっぱり、昇平は哺乳瓶のミルクを飲もうとはしないのです。
それでは離乳食を、と考えましたが、こちらも難題でした。
とにかく、食べない。食べようとしない。
特にこちらが食べさせようとしたものには、あまり口を開けようとしませんでした。お義理程度に少々は食べるけれど、食事のメインディッシュはあくまでも母乳、という日々がずっと続きました。
私はもともとあまり体が丈夫なタチではありません。こんな生活を続けているうちに、とうとう自分がまいってしまいました。メニエルの発作を起こして、倒れるようになったのです。世界がぐるぐる回って、起きていることができません。寝ていても世界は回り続けます。吐き気にも襲われます。
発作のたびに救急病院に駆け込みましたが、昇平がエネルギーの補給源を母乳に頼っている以上、長時間家を空けるわけには生きません。入院を勧められながらも、無理を言って点滴だけで家に帰り、昇平の世話を続けました。そしてまた、めまいの発作を起こして倒れる。その繰り返しでした。
3度目に、それまでで一番大きな発作を起こしました。本当に、身動きひとつ、頭ひとつ動かすことができません。ちょっとでも動かすと、この世の終わりかと思うほど目が回って、激しい吐き気がします。これはもうどうしようもない、入院するしかない、と覚悟が決まりました。
同じ市内に住んでいた私の両親にエマージェンシーコールをかけて来てもらい、病院に連れて行ってもらいました。旦那はその日、どうしても抜けられない仕事があったのです。
そのとき、昇平は10か月でした。離乳食もろくに食べず、ミルクも飲まない彼は、その月齢にしては小柄な赤ん坊になりつつありました。
母が行ってしまうのを感じていたのか、空腹になったのか、昇平が泣き出しました。私は、病院に行くのをちょっとだけ待ってもらって、昇平を抱かせてもらい、布団に横たわったままで昇平に乳を飲ませました。飲ませながら、「昇平に母乳を与えるのはこれが最後だ」と考えていました。自分自身に言い聞かせていたのかもしれません。「もう限界だ。これ以上はもう、私一人ではどうしようもない。これ以上はがんばれない」私はそう考え続けていました。
障害ある我が子を前に、母親一人の力の限界を悟ったときでした。
いくら頑固な昇平でも、空腹で死んでしまうかもしれない、となれば背に腹は替えられなかったようです。私が入院している間、私の母が昇平の面倒を見ていたのですが、ちゃんと離乳食を食べるようになりました。
幸い入院は1日だけですんだのですが、その後も、わたしはもう母乳を昇平には与えませんでした。自分の体が弱り切って、授乳に耐えられなくなっているのがわかっていたからです。それまでずっと足踏みしていた離乳食が、どんどん進むようになり、食べる量も増えてきました。メニエルの発作は、その後も何度も起きましたが、時間と共に次第に回数が減ってきて、めまいの程度も軽くなってきました。
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昇平の「食」をめぐる苦労は、この後もまだまだ続くのですが、今回はこのくらいにしておきましょう。
赤ん坊の頃、ミルクが飲むのが早すぎたわけも、夜泣きがひどかったわけも、今になればわかります。
中枢神経、つまり脳の発達が未熟だったのです。
ミルクを飲むスピードを調整する部分が未発達だったのでしょう。だから、ちょうど良いスピードで飲むことができなかった。飲むことはできても、それを自分でコントロールすることが上手にできなかったのです。
眠りに関しても、脳の発達が関係しています。昇平が夜泣きしなくなったのは、3歳を過ぎてからです。ちょうどその頃から、昇平は心身共に成長を感じさせるようになりました。大変なことはまだまだたくさんありましたが、少しずつこちらの言うことが理解できるようになり、行動が少しずつ安定してきた時期でした。脳の発達が眠りも安定させるのだと、つくづく感じたものでした。
「食」も「睡眠」も、脳の働きにアンバランスがあればうまくいきません。発達障害を持つ子どもが偏食や小食だったり、ときには過食だったり、夜まとまって寝なかったり、赤ん坊の年齢を過ぎても夜昼逆転してしまったり・・・という話はよく聞きますが、発達障害が脳の働きのアンバランスから来ているわけですから、当然と言えば当然のことなのかもしれません。
昇平はその後もものすごい偏食と遊び食べが続きました。偏食は主に自閉的な特徴から、遊び食べはADHD的な特徴から来ていたようです。保育園時代に、担任と共に昇平の偏食と戦ったエピソードは、拙著
『とことんこのこにこだわって』の中で紹介しました。
今、昇平は急速に好き嫌いが減っています。マメとマヨネーズだけは今でも嫌いですが、それ以外のものはほとんどなんでも食べられるようになりました。その中でも好きなものと、あまり好きでないものはありますが、それは誰でも同じでしょう。先日は祖父が食べていたカキフライを見て「ぼくも食べてみる」と挑戦して、「おいしい♪」と好物になりました。
最近の昇平を見ていると、「大人になってきたなぁ」「成長してきたなぁ」と感じることが多いのですが、それが「食」の場面でも同様に起きています。偏食、小食は親としてとても心配なものなのですが、成長の時期を待たなければならない部分も多々あるのだ、と昇平を見ながら、つくづく感じています。
「食」に関しては、まだまだ語り切れませんが、いいかげん長文になってしまったので、今回はこれで終わります。
次回は何の思い出について語ろうかな……。
[06/01/16(月) 10:54] 療育・知識 発達障害