昇平てくてく日記2

小学校高学年編

昇平のおいたち・3

昇平の思い出ピックアップ。今回は「こだわり」について、知識先行でまとめてみようと思います。

こだわりというと自閉の代表的な特徴のひとつという感じですが、その原因にはいくつかある、と私は考えています。
ひとつは、本人の認知の狭さから来るもの。
認知というのは、目の前にあるものや周りの出来事を見聞きして、そこから情報を取り入れ、「これは○○ということだ」と判断して、適切にその情報を処理することです。理解力の不足のように思われるかもしれないけれど、実際には、情報入力の困難と、それを処理する過程の困難、さらにその情報を元に具体的な行動に出す場合の困難も含れると思います。
昇平の場合は、こんなケースでした。
1歳半の頃、昇平は散歩に行くと必ず道ばたの小石を拾って、それを側溝のコンクリートの蓋の隙間からポトンと落とすのがこだわりの遊びになりました。漫画「光とともに・・・」の中でも、主人公の光くんが小さい頃、同じ行動をしています。ドラマでもその場面があったかどうかは、ドラマを見ていなかったのでわからないのですが。
当時の昇平は、散歩に出ると、目にはいるのは道ばたの小石と側溝の穴だったのだと思います。本当にそれしか見えていませんでした。
外に出れば頭上には青空が広がっているし、気持ちの良い風は吹いているし、チョウチョやトンボが飛んでくることだってあるし、道路沿いの庭ではきれいな花が咲いています。犬を散歩していく人だっているし、いろいろな車が音をたてて通りすぎていきます。
でも、昇平にはそれらはいっさい見えていなかったようでした。興味関心の対象は、とにかく小石と側溝の穴だけ。そこに拾った小石をポトンと落として、小さな音を確かめたら、また小石を拾って、次の穴へ。そこでもポトンとやったら、また次の穴へ……。それをいいかげん飽きて疲れるまで延々と繰り返しました。次に散歩に出たときにも、また同じことの繰り返し。しまいには、よその家の排水槽の蓋の穴から、中へ小石を入れるようになってしまって、さすがにこれはまずいと思いました。
けれども、散歩しているのは閑静な住宅街。そこで無理やり昇平に小石ポトンをやめさせると、昇平は金切り声を上げ、泣きさけび、体をよじって抵抗して大騒ぎになってしまいます。どうしてそれをやめなくちゃならないか、なんて、全然理解できなかったからです。「もう止めようよ」「先に進もう」そう声をかける私を無視して、昇平はひたすら、ポトン、ポトン。だからといって、散歩に連れて行かなければ、一日中狭い家に閉じこもりっきりということになります。毎回どうしていいのかわらない思いのままで、昇平のポトンにつきあっていたものです。
そのうち、散歩コースの町内会で、側溝に小石を落とす子どもとそれを注意しない母親がいる、ということが問題になり、警察に苦情が行ったようでした。散歩コースに、それまで見なかった警官の姿を見かけるようになり、鋭い目つきでこちらを見ています。
ところが、ちょうどその頃、私は「側溝に小石をポトン」を「散歩コースの途中にある川に小石をポチャン」という似た行動にスライドさせることに成功していたのです。川なら、誰かのものというわけではないし、石を投げ込んだってあまり問題はないだろう、と思ったからです。昇平は側溝には目もくれず、川までとことこ歩くようになっていました。おかげで、目つき鋭い警官がパトロールする頃には、もう側溝にポトンの現場は起こらなくなっていて、私たちも注意されることなく済みました。……今思い出すだけでも冷や汗が出るような、間一髪の思い出ですが。
町内会の人たちにしてみれば、せっかく掃除をしてきれいにしている側溝に石を投げ込まれるのは面白くないですから、無理のない苦情だったと思います。それに、そばで見守る母親が、どれほどその子どものこだわり行動をやめさせられなくて苦労しているか、なんて、想像もできなかったことでしょう。
「それしか見えない」という認知の狭さは、「それにしか関心を持てない」という興味・関心の狭さを生みます。本当は、他にも面白いものが世界には山ほどあるのですが、自分が関心のあるものしか見えていないのですから、そんなものには目が向きません。その行動だけを、しつこく深く繰り返すこだわり行動が生まれます。

ちなみに、昇平の場合、この認知の狭さから来るこだわりは、ADHD治療薬リタリンの服用を始めたと同時に、劇的に軽減しました。
たぶん、自閉的特徴だけでなく、ADHDからくる不注意や衝動性も、彼の認知を狭めていたのでしょう。リタリンを飲むことで頭の中が落ちつき、周りの物事がよく見えるようになり、聞こえるようになったようでした。
そうすると、何か特定のものだけに執着するようなことはぐっと減り、いくら言い聞かせてもわからない、やめられない、というこだわり行動は、本当に少なくなってしまいました。

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もうひとつのこだわりの原因は、感覚の過敏やずれから来るものです。
昇平にはなかったのですが、感覚が過敏で化繊の服がちくちく感じられるために、綿の服に「こだわる」ケースなどがあります。
水の流れる感覚が並はずれて好きなために、水遊びに「こだわる」子も多いようです。
昇平は目玉がギョロリとした絵や人形などが大嫌いで、そういうものが載っている本を見つけると、しまい込んだり、開かないようにテープで貼り付けたりもしました。これも一種のこだわり行動と言えるだろうと思います。今はずいぶん軽減して、まずそんなことはしなくなりましたが。

私たちだって、ガラスを爪でひっかくようなキーキーした音は生理的に大嫌いです。いくら毒がなくたって、蛇と一緒にいたくない人は大勢いるでしょう。
暖かいお風呂につかるのが大好きという人はたくさんいると思います。
そんなふうに、大多数の人が共通して感じる感覚であれば、キーキーした音から逃げ出したり、蛇のいる部屋に入りたがらなかったり、リラックスするのに長風呂をしても、それをしょっちゅう繰り返しても、だれもそれを「こだわり」とは呼びません。
でも、綿の服ばかり着たがるとか、水遊びが好きでそればかりするとか、昇平のように目玉ギョロリの絵に極端な回避行動をとる場合には、それは「こだわり」と見られてしまいます。

こういうこだわりは、なくしてしまえるんだろうか。なくそうとしてしまって良いのかな、と考えます。
ガラスをひっかく音は、どんなことをしたって嫌なものなのに。蛇が苦手な人にとっては、どんなに大丈夫だと言われたって、やっぱり蛇は恐怖なのに。そう感じることをなくせ、と言われたって、そんなことできるはずがないのに。
感覚的なこだわりを無理やりなくそうとすることは、本人にとっては虐待に等しい苦痛になる、という話を聞いたことがあります。
昇平は今でも小さい子の泣き声が極端に苦手です。小さい子は泣くものだ、我慢しなさい、と言われても、その子が泣きやまずにいると、そのうちに顔が歪んできて、自分が泣き出してしまいます。「いつ泣きやむの?」「ずっと死ぬまで泣いているのか?」と、その子が泣きやむまで言い続けます。もっと幼い頃には、その子を叩いてでも泣きやませようとした時期もありました。
これも、こだわり行動ではあります。だけど、本人が泣くほど、身もだえするほどつらく苦しい思いをしているのに、それをわかってあげないで、自分たち多数派の感覚で「それくらい我慢しなさい」「そんな行動はおかしいからやめなさい」と言うのは、多数派の横暴じゃないか、と私は思っています。

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こだわりの原因には、記憶力が極端に良すぎることからくるものもあるようです。
たまたま一度経験した出来事をいつまでも鮮明に覚えていて、次にも、そのまた次にも、同じようなパターンでそのことを行おうとするし、相手にもそうしてもらいたがる、というものです。
でも、すみません。このタイプのこだわりに関しては、私は昇平の事例で思い出すことができないのです。
うちの昇平は、ADHDも持ち合わせているせいか、記憶に関しては「並はずれて良い」ということがありません。せいぜい「人並み」です。ADHDがあるので、うっかり忘れる、ということも、気が変わる、ということもしょっちゅうです。
なので、「一度覚え込んだら忘れない」「ひとつのパターンを獲得したら、律儀に毎回それを繰り返す」というタイプのこだわりはほとんどありません。
一度教えたことでも後からの修正が効くので、その点では助かっています。

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こだわりの原因は、この他にもまだあるのかもしれません。
これらの原因が単独ではなく、それぞれに絡み合って起こっている場合も多いと思います。
私が昇平に関して思い出せるのは、このぐらいなのですが。

でも、どの場面での昇平を思い出しても、私は、無理やりにそれをなくしたりしてはいけないんだな、と考えます。
小石ポトンのように、周りに迷惑が少ない形のこだわりに持っていくとか、つらくない場所に避難させるとか、あるいは、好きなことは時間を決めて、その間だけはOKにするとか、本人に楽な形での対応を考えてあげるのが、まず最初じゃないかと思うのです。
そうするうちに、成長と共に、少しずつこだわりが軽減していくことだってあるでしょう。「こだわり崩し」の練習だってできるようになるのかもしれません。

「こだわり」を含む自閉の特長については、ニキ・リンコ氏の「閉じた情報の環っか 俺ルールの世界に生きる人々」という文章に、わかりやすく詳しく載っています。
以前、てくてく日記で紹介したことがありますが、改めてここでもう一度ご紹介することにしましょう。
併せてお読みいただくと、私のつたない文章では伝えきれなかった部分がおわかりいただけると思います。

「閉じた情報の環っか 俺ルールの世界に生きる人々」
 http://homepage3.nifty.com/unifedaut/oreruuru.htm

次回の「てくてく日記2」では、ADHDっ子としての昇平の思い出を語る予定です。







[06/01/18(水) 13:40] 療育・知識 発達障害

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