昇平てくてく日記2

小学校高学年編

「野のハクチョウ」

私はもう何年間も、夜寝る前に昇平にお話を聞かせている。絵本だと先のページが気になって、どんどんページをめくってしまって物語に集中できないので、小さい頃から、もっぱら音声言語での語り聞かせだった。だけど、昇平はことばが遅れているので、彼にわかることば、彼にわかるストーリーという条件を満たす作品がなかなか見つからなくて、私が作ったオリジナルストーリーもずいぶん聞かせてきた。まあ、私は小説も書くので、そのあたりはね……かなり得意なんです。(笑)
最近はずいぶんことばの理解力が上がってきたので、普通の童話集を聞かせることが多くなった。「グリム童話集」のめぼしい話を語り尽くしたので、今は「アンデルセン童話」を読み聞かせている。「野のハクチョウ」はその中の一編。普通「白鳥の王子」という題名で知られている作品だ。

十一人の王子と末のエリサという王女が仲良く暮らしていたけれど、父王が再婚した新しい母親は恐ろしい魔女。兄の王子たちを魔法で白鳥に変えてしまい、エリサも城から追い出してしまう。白鳥になった兄たちは、夜の間だけは人間の姿に戻って話をすることができる。兄たちと巡り会ったエリサは、兄たちの魔法を解くために、夢でお告げがあったとおりトゲだらけのイラクサを素手で摘み取り、足で踏んで糸にして、兄たちの着る上着を指で編んでいかなくてはならない。上着が全部仕上がるまでは、口をきくこともできない。それでもエリサは兄たちのためにイラクサで上着を編み始めるのだが、森に狩りに来ていたその国の王が、エリサの美しさに一目惚れして城に連れ帰り、自分の妻にしてしまう――と、物語は進行していく。

昇平はさすがに男の子なので、「シンデレラ」などのお姫様が出てくる物語はあまり好きではない。きらびやかなドレスや舞踏会の描写も、素敵な王子様の登場の場面も、『退屈〜。なんか事件は起こらないの?』という反応で聞いているのだけれど、この「野のハクチョウ」の物語は、エリサ姫を巡ってドラマティックなストーリーが展開されていくので、かなり一生懸命耳を傾けていた。
昨夜は、エリサが材料のイラクサを集めに墓場に行ったところを、夫である国王に魔女と勘違いされ、それまでの地位をすべて剥奪されて投獄され、明日にはついに処刑される、という場面だった。
冷たい石牢に入れられ、布団の代わりにトゲだらけのイラクサの上着や糸を放りこまれ(でも、それはエリサにとって一番ありがたい贈り物だったけれど)、明日にはもう自分の命も尽きると知りながら、最後の瞬間まで必死で上着を編み続けるエリサ。
その様子を聞いて、昇平が憤り始めた。
「俺が助けに行ってやる! エリサをそんな目に遭わせる奴らをみんなやっつけて、王様はぶっ殺してやるんだ――!」

出たね。昇平の「やっつけてやる」「殺してやる」。まあ、正義感あふれる心から出てきているセリフなのはわかるけれど。
そこで、ぽん、と昇平の肩に手を置いて言い聞かせた。
「気持ちはわかるけどね、王様を殺してしまったら、エリサは悲しむよ。だって、エリサは本当は王様をとても愛しているんだから」
そう。アンデルセンはそのあたりの心理描写もしっかり書いている。口もきけず、素性もしれないエリサを、王はずっとかわいがり慈しんできたけれど、国王として魔女を放置しておくことはできない。つらい気持ちで審判を国民に委ね、エリサの処刑を決めている。そして、エリサはエリサで、そんな優しい国王を日増しに好きになっていて、ことばでその思いを伝えられない自分を嘆いていたりするのだ。……小学4年生の男の子には、ちょっと難しい心理かもしれないけどね。(笑)
「エリサは本当は王様が大好きなんだよ。だからね、もしも自分が助かったとしても、そのために王様を殺されてしまったら、絶対にエリサは悲しんで泣くと思うよ」
そんなふうに、エリサの気持ちを伝えてみた。
すると、昇平、うーん、という感じで考え込んでから、こう言った。
「それじゃ、俺がそこの場所に行くよ。そして、エリサは悪くないんだ、ってみんなに言ってやる」
おお、素晴らしい! 見事な答えだね!
すると、昇平がまだ憤慨おさまらない様子で、こう付け加えた。
「でも、それでもわかってもらえなかったら、やっぱりみんなぶっ殺す!」
あーうー……うーむ……。気持ちはわかるけど……。(苦笑)

実際の物語では、エリサはぎりぎりのところまで追い込まれ、最後の瞬間でどんでん返しが起こり、物語はめでたしめでたしのハッピーエンドになる。今夜、そこのところを話して聞かせる予定だから、昇平には特にラストは教えていない。
本当に、気持ちはすっかり正義の味方の昇平。だけど、この世の本当の出来事は、昇平たちが好むような「やっつける」や「倒す」「殺す」で解決することって、めったにないんだよね。
いつかは、そこのところがちゃんとわかっていきますように……と願いながら、今夜もまた物語を聞かせている。

[06/03/27(月) 13:26] 日常 発達障害

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