昇平てくてく日記2

小学校高学年編

昇平という子ども・2〜困難の特徴を考える

 昇平が今一番困っていること。
 それはきっと、小さな子どもや赤ちゃんの泣き声や駄々をこねている声が怖い、ということだろうと思う。
 聴覚過敏――昇平が抱えている困難には、そういう名前がついている。

 振り返ってみると、彼が3歳になるあたりから、すでにその特徴は現れていた。スーパーで大泣きしていた子をものすごく怖がったり、腹をたてて大騒ぎするお兄ちゃんとそれを叱る母を前に大パニックを起こしたり……。そんな特徴があるとわかっていたら、あの頃から、もっと配慮をしてあげたんだけれど。ごめんね、昇平。

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 昇平が抱える障害特性にはいろいろあるけれど、それらの中で一番大きな特徴のひとつが、この「感覚のゆがみが大きい」ということだろうと思う。
 この場合のゆがみとは、体の感覚器が情報を受け取る際の受け取り方が、通常値とかけ離れていること。つまり、普通よりもものすごく感じやすかったり、逆に感じにくかったりすることを言っている。

 とはいえ、通常値、と言っても、本当は何もかも通常値の人間などというのは存在しないだろうと思う。普通に生活している中でも、人によって、うるさいのが苦手な人、逆に全然気にならない人、まぶしいのが嫌いな人、光は平気だけれど匂いには敏感という人もいる。
 昇平の上には健常児の長男がいるが、赤ちゃんの泣き声はまったく平気でも、触覚にとても敏感で、ものすごいくすぐったがり屋だし、服のタグなどはちくちくすると言って切り取ってしまう。旦那は高所恐怖症で高いところが苦手。これは小さい頃に階段から転げ落ちたせいらしいけれど、これだって、やっぱり高度への感覚過敏と言えると思う。私は小学1年生の時にとがった鉛筆を手のひらに刺して、いまだに尖端恐怖症だ。
 先天的なものか、後天的な経験によるものかの差はあるものの、とにかく、人はひとりひとり違うから、物事の感じ方にも個人差がある。それをゆがみと言えば言えるけれど。
 ただ、昇平を見ていると、その感じ方の個人差が極端に大きくて、日常生活にまで支障を来している。昇平ほど小さい子の泣き声を怖がる子は滅多にいない。だから、これは立派に障害と呼んでいい範囲の特徴なのだと思う。

 その一方で、昇平は4歳頃まで痛みにものすごく鈍感だった。転んで膝小僧をすりむいてもケロッとしている。「強いねー」と、よその人は感心したけれど、母は内心はらはらしていた。我慢強いわけじゃなく、痛みを感じ取る力そのものが弱いのだとわかっていたから。それは、自分の命を守るために必要な基本的情報をキャッチできない、ということで、生きることそのものに直結する危険なことだったからだ。
 幸い昇平は4歳を過ぎたあたりから痛覚が発達してきて、ちょっとでもすりむけば「痛いよー」と言うようになったし、小さな怪我にも絆創膏を貼ってもらいたがるようになった。さらに10歳になった今は、小さなすり傷くらいなら「これくらいは平気だよ」なんて判断できるようになって、この面に関しては正常レベルまで発達したらしい、と安堵しているのだけれど。

 昇平はまた、視覚過敏という特徴も持っている。
 目で見たもののほうが耳で聞くより格段に理解しやすいのだ。
 これは彼にとって強みにもなるけれど、時と場合によっては、マイナスに働くこともある。
 目で見たものにすぐ気を取られるから、注意がそれやすくなる。着替えをしていても、歯みがきをしていても、目は常に何か別のものを見ているから、肝心の着替えや歯みがきがおろそかになる。授業中でも、目で見たものに引かれると、先生の話が聞こえなくなる。
 テストの時には、ぱっと見ただけで理解したつもりになってしまうから、うっかりミスや早とちりが多くなる。……まあ、これは視覚過敏だけでなく、注意集中に関するADHD的な問題も含まれているけれど。
 とにかく、目で見たものに敏感に反応する、という特徴は、有利に働く場合と、不利に働く場合があって、まるで両刃の剣のようなものだな、と思っている。

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 その一方で、昇平は意外なくらいこだわりは少ない。
 これくらい感覚的なゆがみが強ければ、もっとこだわりの特徴も強くあって良さそうなものなのに、彼の場合、何かがすぐ習慣化して、こだわりになる、ということがほとんどない。いや、むしろ習慣化させる方が大変なのだ。
 歯みがき、入浴、宿題、食事の準備や後かたづけ……身につけてほしい良い習慣は、生活の中にたくさんあるのに、それがなかなか身につかない。まあ、10歳の現在は昔よりはずいぶんできるようになったけれど、それでも、充分なレベルとまでは行かない。
 これは多分、彼が抱えるADHDの特徴から来ているんだろうな、と思う。ADHDの子どもたちは、単発の珍しいこと、面白そうなことにはものすごい集中力を発揮して、夢中になってやるけれど、毎日繰り返されるような日常習慣にはすぐ退屈してしまって、なかなか身につかないから。

 ただ、この特徴が、彼の中に柔軟性を生んでいる部分もある。一度覚えたことでも、後からの変更はかなり簡単だから、彼に何か言う時にも、あまり気をつかわないですむ。予定が急に変更になっても、新しいスケジュールの見通しさえ立てば、すんなりそれを受け入れてしまう。何か一つのことに固執しないから、発想も柔軟でバラエティに富んでいる。
 これは、同居のじーちゃんのほうが、よほどこだわりの特徴が強い。この冬のじーちゃんのこだわり行動は「ストーブの上で置いたヤカンのお湯を家中のポットに入れること」。春になって暖かい日が続くようになっても、「ポットに入れるお湯を沸かすために」ストーブを焚きたがっている。どれも電気ポットだから、水さえ入れれば自動的にお湯が沸くんだけれどね。こだわりによって、目的と結果が逆転してしまった典型的な例だ。

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 もうひとつの昇平の特長は、場面の読み取りが苦手だと言うこと。
 先にあげた感覚のゆがみも原因にあるのだろう。ADHDの不注意の問題も大きく絡んでいると思う。
 とにかく、大勢のいる場面や、他人同士が何かしている場面を、正しく読み解くことが難しい。そばに誰かがいて、その人に聞くなり、その人の真似をするなりしないと、大勢の中で同じ行動をとることは難しい。キーパーソンがそばに必要なのだ。
 今まで、学校でのキーパーソンは先生だった。協力学級での授業には、たいてい介助の西尾先生がついていってくださったし。でも、今年度は下級生が入ってきたこともあって、今までのように先生の補助は望めない。時期的にも、少しずつ、自分でキーパーソンを見つける段階にさしかかっている。今年は、今まで以上に「お友だち」が大切な存在になっていくんだろうな、と今から予想している。

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 さらにもうひとつ、昇平の特長を上げれば、不安感が強い、ということがある。
 普通の子ならなんでもないようなことが、昇平にはひどく不安になることがあるのだ。

 ただ、こうも思う。
 普通の子たちより感覚的に過敏なためにストレスフルな世の中にいて、見ていてもみんなが何をしているのかよくわからなくて、自分がどうすればいいのかも分からない……という混沌とした世界の中にいたら、どんな子だって、不安感は強くなるんじゃないかな、と。
 そんな見通しの立ちにくい世界にいて、感覚過敏にも全然配慮してもらえなくて、ただ「それはおまえの感じ方がおかしいせいだ。ガマンしろ!」と叱られたりしたら、どんなにタフな子だって、世の中を不安に感じるようになるんじゃないだろうか。

 実際、見通しの立ちやすい、困った時にすぐ手を差し伸べてもらえる環境にあると、昇平の不安感はぐっと少なくなる。一番どうすることもできない聴覚過敏でさえ、安心できる環境にあると、ぐっと軽減される。
 やっぱり、安心して過ごせる環境ってのが大事なんだよね……。

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 以上、母の目から見た昇平の困難の特徴を上げてみた。
 実を言えば、母にしてみれば今さらながら……の話なのだけれど、年度が変わって、新しい方がここを見に来ることも増えるかな、と思ったので、まとめ的に載せてみることにした。
 でも、大事なのは、困難を一つ一つ数え上げることじゃないと思う。
 本当に大事なのは、把握した困難に、丁寧に対応を考えていくこと。
 感覚のゆがみに関しては環境調整、つまり、周りを本人に過ごしやすくすることを真っ先に考えなくちゃならない。注意集中の問題には、こまめな働きかけや声かけ、課題の設定のしかたや作業時間の調整。場面の読み取りの問題にはキーパーソンを見つける努力。不安の問題には……あんまり困難にばかり目を向けないで、の〜んびり大らかに生活していくこと!(爆)

 子どもは成長していく。年齢と共に痛覚が発達していったように、他の困難だって、成長と共に軽減されたり、なんとかうまく折り合いをつけていく方法が見つかっていくかもしれない。
 だから、焦らず、できることから。のんびり楽しむことも忘れないで。
 そんなことを自分自身に言い聞かせながら、今日も昇平との生活を大事にしていきたいな、と思う。
 


[06/04/11(火) 16:49] 療育・知識 発達障害

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