昇平てくてく日記2
小学校高学年編
半分自力下校への挑戦・5
社会科の交流授業の一件がはさまって、ちょっと間が空いてしまったが、下校ルートの途中まで、同級生と一緒に歩いて帰り、待ち合わせ場所で母の迎えの車に乗って帰宅する、という取り組みのレポート。今回が一応最終回になる。
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大人が入りこまない子ども同士の関わりを、少しでも経験してほしくて始めた半分自力下校だが、昇平がマイペースに歩くものだから、一緒に下校するMくんが必要以上に責任感を感じてしまっているが見えて、それが不安に思えていた私。やがて、その不安は現実のものになってしまった。
委員会があって昇平とMくんの下校時間が合わなかった日、先に別の友だちと学校を出た昇平を、後から委員会を終えたMくんが必死で後を追って、待ち合わせ場所まで連れてきてくれた。本当に一生懸命追いかけてくれたらしい。昇平を母親である私に引き渡してからも、Mくんの表情から緊張の色が消えなかった。「ありがとうね」とお礼を言っても、硬い表情でうなずいただけで……。
そうして帰宅した後、とうとうMくんはお母さんの前で泣き出してしまった。委員会の違うMくんが昇平と一緒に帰れなかったのは当たり前のことで、Mくんのせいでもなんでもなかったのに。そんな時にまで、昇平を待ち合わせ場所まで連れて行かなくちゃ、なんて責任を感じなくてもいいのに……。だけど、そう考えるのは、大人の見解。Mくんは、何もかも自分が悪かったように感じてしまったのだ。
それまでMくんを励ましてくれていたお母さんも、さすがにこれは何とかしなくては、と考えて担任の岩幡先生に連絡。そこからドウ子先生にも連絡が行き、この状況をどうしよう、ということで、放課後、岩幡先生とドウ子先生と私で話し合いをすることになった。
結局のところ、下校ルートの途中までは他にも一緒に帰る子たちがいるものの、残り1/3くらいの道のりが、Mくんと昇平の二人だけになってしまう。その距離が、Mくんには負担になってしまうのだろう、という見解になった。自分がしっかりしなくては、昇平くんをちゃんと連れて行かなくては、と責任を感じてしまうのだ。……本当に、本当に優しくて真面目なMくん!
はっきり言って、私は昇平のことよりも何よりも、Mくんの気持ちのほうが心配だった。昇平は、半分自力下校をやめて、また母の完全送り迎えになったって、きっと、別になんとも感じないだろう。でも、これで「Mくんに大変そうだから」と言って、一緒に帰ることをやめてしまったら、今度はMくんの心に傷を残すような気がした。「昇平くんの力になれなかった」と、後々までMくんが自分を責めることになるんじゃないだろうか……。
せっかく昇平がMくんを覚えて特別な人と認識し始めたのを、白紙に戻すのも残念だった。毎日ではないけれど、途中まで一緒の子たちも何人もいることだし。
そこで、半分自力下校の取り組みは続けられるように、でも、Mくんの負担を最大限減らせるように、ということで、待ち合わせ場所をもっと学校に近い場所に変えることにした。公共施設の△△の駐車場から、□□の店の駐車場に変えたのだ。そこまでならば、Mくんだけでなく、他の子たち数人も一緒に歩いてくることになる。毎日ではないにしても、数人で来られるような状況なら、Mくんも「ぼくが昇平くんを連れて行かなくちゃ」というプレッシャーを感じることが少なくなるんじゃないか、と思われた。
岩幡先生が「Mくんにその旨伝えておきます」と言って5−2に戻られ、その後、私はドウ子先生とさらに30分近く話をしてから、隣の教室で待っていた昇平を連れて昇降口に向かった。
それに続いて、何が起こったか――以下は、その日の連絡帳から。
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5月25日(木) 記録者:母
今日は下校について話し合いの席を設けてくださってありがとうございました。教室を出た後、昇降口に行ったら、下駄箱の前にランドセルを下ろしてMくんが待っていました。「岩幡先生からお聞きしたんですけど、□□のところまで(昇平くんと)行くことになったって」と言うので、「そうなの、□□の駐車場で車で待っているから、そこまでお願いね」と答えると、とても真剣な表情で「はい、よろしくお願いします」と……。こちらのほうが胸がいっぱいになり、涙が出そうになって、「こちらこそ、どうぞよろしくね」と言うのが精一杯でした。Mくんは、岩幡先生から話を聞いた後、それが言いたくて、ずっと昇降口で私たちを待ってくれていたいのだと思います。
Mくんにも、昇平にも、他のお子さんにも一番無理のない「やり方」を見つけていきたいなぁ、と心から思いました。
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5月26日(金) 記録者:ドウ子
昨日はありがとうございました。
昇平くんに、そして、みんなにいい形で楽しい下校ができるといいなぁ、と思います。
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5月31日(水) 記録者:母
今日からお迎えを□□の駐車場にしましたが、タイミングを計って家を出たつもりが、駐車場に着いたとたんに、私の携帯に電話がかかってきてしまいました。□□の店の前でしばらく待っていたけれど、私の車が来ないので、Mくんが近くの公衆電話から昇平に電話をかけさせてくれたようです。「まさかこんなに早く着くとは思わなかったの! ごめんね、ありがとう!」と言うと、Mくんが笑顔になりました。今までのような、緊張した笑顔ではありませんでした。……なんだか、ものすごくホッとしました。Mくん、本当にいい子ですね!
これからはもっと早く迎えに出ること、□□には2箇所駐車場があるので、砂利を敷いてある方の駐車場で待っていることを約束しました。
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6月1日(木) 記録者:ドウ子
下校のことは、昨日、Mくんのお母さんと岩幡先生が電話で話されたので聞いていました。「この地点」という共通した場所を決めていなかったので、行き違いになったのでしょうね。(注:でも、実際には本当に私が待ち合わせ場所に到着するのが遅れたのが原因。子どもたちは予想以上に足が速かった!) 現場で「ここ」と共通理解をしておくことが大事なのだなぁ、と反省しました。
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さて、この後1週間ほど、昇平とMくんと他の子たちが集団で下校する日々が続いた。時々は昇平とMくん二人きりのこともあったが、以前ほどMくんがプレッシャーを感じなくなったのがわかって、私も先生方も安心するようになっていた。
やがて、6年生の宿泊学習が始まり、ドウ子先生はクラスのDくんに付き添って行き、昇平たちはゆめがおか1組の原先生や、介助の西尾先生に任されることになった。
そして、次の木曜日。Mくんや他の子たちが習い事で一緒に下校できないとわかっているので、連絡があったら私が学校まで迎えに行くことになっていたのだが、携帯が鳴ってみたら……。
以下はまた、その日の連絡帳から。
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6月8日(木) 記録者:母
帰宅時、□□近くの駐車場から「ごめんなさい。学校を出るときに電話をかけ忘れました」と昇平が母の携帯へ電話をかけてきました。 木曜日なので、Mくんたちは習い事があって一緒じゃなかったはずだけれど……と思いながら迎えに行って話を聞いてみると、昇平は一人で□□まで下校して、しばらく駐車場で待っても母が迎えに来ないので、電話をかけ忘れたことに気がついて、公衆電話からかけたとのこと。その公衆電話は、以前、私が到着するのが遅れたときに、Mくんに教えられて電話をかけてきた場所でした。
一人でもそこまで下校できたこと、トラブルにもあわてず適切な行動が取れたこと、きちんと電話や口頭で状況を報告できたこと……いろいろなことが"自力で”できていたのがわかって、私は感心するやら驚くやら。「大したもんだね! えらいね!」とたくさん誉めました。
安全のためにも、ひとりきりでの下校はあまり良くないわけですが、下校ルートは人通りの多い場所ですし、これからは、自分一人の時でも□□まで自力で下校してもいいのかもしれません。
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6月9日(金) 記録者:原
昨日は下校のこと、充分確認せずにすみませんでした。
実は、今朝職員室で岩幡先生から「昨日、昇平くん大丈夫だったかな。Mくんは習い事に行くことになっていたから、別の子たちに声をかけていたんだけど」と聞き、お母さんからの連絡帳を見て……。岩幡先生は、「帰りの会がなかなか終わらなくていたら、昇平くんが『まだ終わらないのか』と言っていたの」とおっしゃっていたので、帰りの会が終わったとたん、昇平くんが急いで教室を出てしまったのかもしれません。
でも、今までの下校の流れで、昇平くんはきちんと学習していたんですね。思いがけないトラブルから、逆にそれを解決する方法を頭の中で一生懸命考えて、行動に移せたこと、私からも誉めました。
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6月12日(月) 記録者:ドウ子
宿泊学習から帰ってきました。
木曜日の下校のことを読んで、すごいなぁ、と感心してしまいました。以前、外の公衆電話でかけた経験が生きていますね。
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とまあ、こういう具合で、子どもたちのほうが大人の予想を超えて、頼もしい行動を見せ始めている。
これを記録しているのは7月中旬なので、すでに半分自力下校も2か月近くになるが、今では昇平もすっかり慣れて、Mくんや他の子たちとリラックスした様子で下校している。みんなとただ集団で歩いているだけのこともあれば、一緒に何か話していることもある。何を話していたのか聞くと、たいていはゲームのことらしい。男の子同士の文化には、ゲームの話題は欠かせないのだなぁ、と改めて感じている。
待ち合わせ場所が近くなり、昇平の足取りも頼もしくなり、Mくんの様子もぐっと落ちついた。出迎える私は、いつも「ありがとうね」と声をかけるのだが、そうすると、にこっと笑ってうなずいてくれる。その顔が、彼本来の柔らかな表情を浮かべるようになって、本当に嬉しい。
自然な笑顔。自然な関わり。昇平は、確かに話は上手じゃないし、しょっちゅう奇妙なことを言ったりやったりするけれど、そうすると他の子たちが「昇平くん、何を言ってるの?」なんて興味を持って話しかけてくれていたり。「昇平くんが途中で××をしたんですけど、どうしてですか?」なんて、母の私に尋ねてきてくれたり。ああ、こんなふうにして、子どもたちは少しずつ少しずつ、お互いにわかり合っていくものなのかもしれないなぁ、と思っている。
大人同士もそうだけれど、子ども同士だって、わかり合っていくためには、時間も手間も必要になる。どちらかが一方的に我慢したり、相手に合わせたりするのではなく、お互いに一番楽な方法で、自然に関わっていけたら、それが最高だな、と心から考えている。
半分自力下校はこれからも続く。
子どもたちの自信に満ちた姿が、夏の日差しの中に、本当にまぶしい。
[06/07/16(日) 21:11] 学校 発達障害