昇平てくてく日記2

小学校高学年編

死後は無の世界?

 薬の調整の甲斐もあって、最近は情緒的にも行動的にもだいぶ落ちついてきた昇平。やれやれよかった、と思っていたところへ、こんな騒動が起こった。
 以下は、担任と私との間でかわされた連絡帳から。

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9月13日(水)   記録者:ドウ子

 今日の算数の時間、昇平君はゆめがおか1組でL子さんと一緒に原先生に教えていただきました。ところが、早く終わりたくて文句が多くなり、原先生に注意されたところ、いつものように「殺してください」……に。
 そこで、原先生に、死ぬと誰にも会えなくなる、灰になる、遊べない……etc.と死ぬとどうなるかを説明されたところ、「ウヮ〜」と泣き出し、「無の世界だー」と言い、「もう死ぬとか、殺して、とか言いません」と言い出しました。その後、ゆめがおか2組に戻ってきてからは、私にペタッとくっつき、「無の世界がこわいので、くっついていていいですか」と言い、背中にくっついたり、手をつないできたり……。「だから、死にたい、とか殺す、とか言わないで」と言うと、「もう言いません」と深く反省した様子でした。
 そこまでは良かったのですが、お弁当の後(注:この日は弁当持ちの日だった)、また「無の世界のことを思いだしたらこわくなった」と言い出し、泣き出しました。その後、三十分くらい、「お母さんにも会えないの? 戻ってこられないの?」としくしく泣き、「天国には行けないの?」などなど。「死ぬ、殺す」と言ってはいけない、という話だったのに、「死んだらどうなるか」に固執してしまったようで、「自分でも忘れられなくなってしまった」と言っています。
 そのうち、「笑いの世界で生きよう」と言いだし、無理な高笑いをしていましたが、家でもまた思い出すかもしれないと思います。

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9月13日(水)   記録者:母

 お手数をおかけしました。
 実は今、同居の義母方の親戚の具合が悪く、一週間ほど、義母が家を留守にしているところです。いつ家に帰ってくるのか見当がつかないので、「おばあちゃん、いつ帰ってくるのかなぁ」と不安がっていたのですが、今朝の朝食の席で、義父が「ばあちゃんはいつ帰ってくるかわからない」「親戚が死ぬまで帰ってこられないんだろう」などとブツブツ言いだし、それと同じ口で義母の病気の話もしたので(まだ大事にしなくてはならない体なのに、という意味だったのですが)、昇平は混乱してますます不安になって、「おばあちゃんが死んじゃうの?」「もう帰ってこないの?」と言い出しました。
 そうではない、ちゃんと帰ってくるよ、と説明したのですが、義父も子どもの気持ちはよくわからない人なので、「なんで昇平はこんなに心配するんだ」と怒り、それにまた昇平がウルウルとなり……。
 昇平が死後のことに不安になってしまった背景には、そんな朝の出来事が関係していたかもしれません。

※親戚の看病は親戚の家族がすることになり、夕方、義母が帰宅しました。大好きなおばあちゃんが元気に帰ってきて、笑顔になった昇平でした。

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9月14日(木)   記録者:ドウ子

 そんな”前振り”があったとは……。どうりで必要以上に反応したはずですね。
 とはいえ、今日も一日、死後の世界にこだわり続け、「気にしないようにしても、思いだしてしまうんだ……」と、何度泣き出したことでしょう。
 でも、5−2に行く前にも泣いて不安定になっていたにもかかわらず、「もし5−2で”死”の話をしたら、すぐに戻ってきてね」と話してから理科に行かせると、途中一人で涙をこぼしはしても、その話はしなかった、という西尾先生の報告でした。ずいぶん我慢するようになったと思います。
 始まりが原先生との話だったせいか、「無の世界話」は主に原先生としていますが、私には「そうだ、お盆まつりがあった。その時に戻ってこよう」と言って泣くのをやめたり、何とか自分なりに「死」とは何かを納得しようとしています。
 「死なないために、僕はどうしたらいい?」と言うので、「病気にならないように、いつも残す豆もジャガイモも人参も食べよう」と答えると、今日の給食の人参を食べました。

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9月14日(木)   記録者:母

 帰宅してからもときどき「思い出しちゃった」と不安顔になっては、私に「大丈夫だよ」と言われて安心する……を繰り返していましたが、自分なりに「死」とは何かを納得しようとしている、というのは、私の目から見ても同感です。
 「無の世界なのかなぁ」と言ったときに、「死んでからのことは、死んでみないとわからないけれど、お母さんは天国があると思うよ」と話して聞かせたら、その後からは、「思い出しちゃった」と言いつつも、「きっと天国があるよね」と自分で言い出すようになってきました。不安がる回数も減ってきたように感じます。
 その後は、夕食のカレー作りを手伝い、自分専用のレシピノートまで作って、イラスト入りでカレーの作り方を書き込んでいました。

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(追記) 9月15日(金)

 親戚の具合がいよいよ悪くなり、今日また、義母が親戚のところへ行くことになりました。今朝は昇平に教えずに登校させますが、何かの拍子に気がつくかもしれません。不安定が戻るかもしれませんが、申しわけありません。

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9月15日(金)

 これからD君と陸上記録会に出かけていくので、二校時目までの様子ですが……。
 今のところ、「死んだら……」の話は一回もしていません。天国の存在で安心したのでしょうか。
 不安定な気持ちになったのは良くなかったかもしれませんが、ゲームの世界で、死んだり、リセットして生き返ったり、ということが当たり前のように感じている中、「人が死ぬ」ということは大変なことだと、泣くほど強く感じたことは意味があったと思います。
 これを機に、「死んだ方がいい……」などの暴言がなくなるといいな、と期待しています。

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 ずっと以前、反省する場面ですぐに「殺してください」というのが口癖になっていたとき、「そんなことを言っていると、怖い人が聞いていたら本当に殺されてしまうかもしれないよ」と言い聞かせて、口癖は一度なりを潜めた。ところが、その後、また徐々に復活してきて、大したことがない場面でも、またすぐに「死にます」とか「殺す」と言うようになり、自己コントロールの力が下がってきてからは、なおさらその暴言がひどくなって、指導に手を焼いていたというのが正直な状態だった。
 ところが、今回、「死んだ後は無の世界なのかもしれない」と、死後の世界に泣くほどの恐怖を感じてからは、本当に「死にます」「殺す」を口にしなくなっている。まだほんの二、三日しかたっていないから断言はできないが、少なくとも、家では一度も聞いていない。
 「死んだら無の世界になるの?」という疑問も、「思い出しちゃった」というセリフも言わなくなった。ただ、ときどき確認するように、「天国はあるの?」と聞いてきて、私が「お母さんはあると思ってるよ」と答えると、「僕もそう思うよ」と言って安心している。

 子どもは成長していく過程で、ある日突然、「死」や「死後」を意識して、「死んだらどうなるのだろう?」と考えて、むしょうに怖くなるときがくる。
 これは、私自身も覚えているし、私の妹弟たちも皆そうだった。ある日、本当にいきなり、「死んだらどうなるの?」と言い出して、怖くて怖くてしかたなくなって、親に何度も尋ねてしまうのだ。夜、寝ている間に自分が死んでしまうような気がして、一人で寝るのが怖くなり、起きている間も、何かの拍子で思い出すと、息が詰まるほど恐ろしくなり……。
 その過程の中で、子どもは少しずつ「死」を自分の中で整理して、自分なりの意味づけで納得していく。本当のところ、死んだらどうなるか、なんてことは、生きている間には絶対わからないのだから、(そして、死んだ人が教えに戻ってきてくれるわけでもないから)、どうしたって、本当の納得にはならないのだけれど、それぞれに、それなりの形で、自分の中に「死」というものを収めていく。
 昇平も今回、それを経験したのだろう。今まで、軽々しく口にしていた「死」が、実はどれほど「怖いこと」なのか、今回、ようやく実感できたんだろうと思う。
 これからも、やっぱり興奮した拍子に「ぶっ殺す!」などというセリフは口を突いてしまうのかもしれない。でも、「殺すというのは恐ろしいことだよ。それはとても怖いことばなんだよ」と言い聞かせたとき、今度は、かなりの実感を持って、その意味を理解するんじゃないか、という気がしている。

 そして、ふっと思った。
 私が子どもの頃、本当に、子どもはみんな、「死」を意識して怖くてたまらなくなった。それを経て、生きることの意義や、命を尊ぶ大切さを学んできたような気がする。
 今の子どもたちは、ゲームや様々なメディアを通じて、毎日膨大な量の「架空の死」に接している。
 今の子たちも、やっぱり「死」を怖く感じる瞬間は経験しているのだろうか? 昇平のように、泣くほど、震えるほど、死がもたらす虚無を恐ろしく感じる体験をしているのだろうか?
 実際のところはどうなんだろう、と私は今、考えている。

[06/09/16(土) 10:24] 学校 日常 発達障害

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