発熱と手紙
昇平が熱を出した。
この時期、昇平はたいてい体調を崩す。
入学したばかりの年には、学校に着くとは「頭が痛い!」と泣き出して、教室の畳の上に毛布を敷いてもらって、森村先生に添い寝してもらっていた。→
バックナンバー「頭いたいよ〜」 去年、担任が変わったときにも突然熱を出して、学校から連絡が来た。→
バックナンバー「昇平、熱を出す」 今年もそんなわけで、「そろそろかも」と思いながら、持病の扁桃腺をチェックしていたら、案の定だんだん赤くなってきていた。咳も出始めて、危ないなぁ、と思っていたら、やっぱり水曜日の夜に突然発熱。38.1℃まで上がったけれど、熱は翌朝には37℃台まで下がった。ただ、咳がひどいし、全体にとてもだるそうなので、迷わず学校は休ませた。
けれども、ここでどうしてもネックになってくるのが病院。
昇平は小学生だから小児科に行くべきなのだけれど、ご存じの通り、小児科というのは具合の悪い子たちがぐずっていて、いつも泣き声でいっぱいの場所。ずっとかかりつけにしていた小児科はあるのだけれど、最近、昇平はますます泣き声が苦手になったので、とうとう、小児科に行くと聞いただけで大騒ぎして嫌がるようになってしまったのだ。
どうしよう〜。どこへ連れて行こう〜、と悩んでいたら、前回発熱したときにドウ子先生がアドバイスしてくださった。「年寄りしか行かないような病院を選んだら?」
おお、それはナイスアイディア。幸い、近くに本当にそういう病院がある。本当にじいちゃん、ばあちゃんしか行かないような病院なので、泣き声もまったくなく、昇平は安心して診察を受けることができた。
そういうわけで、今回もその病院へ連れて行った。やっぱり子どもの泣き声はない。ただ、大人相手の病院なので、子どもの診察は専門外。先生が昇平を診ながら言った。
「できれば小児科のほうがいいんですよ。まだ10歳ですからね。小児科に行った方がいいんです」
それは重々承知してます。でも、できないんですよ〜……。
すると、先生の話を聞いた昇平が聞いてきた。
「小児科行くの? これから行くの!?」
顔色が変わっている。
「えーと、もっと具合が悪くなるようなら小児科に行こうね」
と私が答えると、先生が言う。
「いやいや、具合が悪くなる前に小児科に行ってください」
とたんに昇平が声を上げた。
「イヤだ! 絶対にイヤだ!」
ちょうど、体重を量るために隣の部屋へ移動していくところだったので、その声が外の待合い室に響いて、居合わせたおじいちゃん、おばあちゃんたちが思わず笑っている声が聞こえてきた。
先生が不思議そうな顔をした。
「どうしてそんなに小児科がいやなのかな?」
「あの……聴覚過敏……聞こえ方に過敏なところがあって、赤ちゃんや小さい子の泣き声がどうしても我慢できないんです。小児科はいつも泣き声でいっぱいなものですから……」
「ああ」
幸いというか、この先生はうちのじいちゃん、ばあちゃんたちのことも良く知っていて、我が家のことをある程度ご存じなので、その程度のやりとりで納得してもらうことができた。
大人用の薬を減量した形で処方してもらって、無事診察終了。でも、その後もしばらくの間、昇平は小児科に行くことになるんじゃないか、とずいぶん心配していた。
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ハンデだよなぁ、とつくづく思う。
子どもの病気は進行が早いから、本当は専門の小児科のほうがいいに決まっている。薬だって、子どもが飲みやすいものを処方してもらえる。
だけど、昇平は小児科の騒々しさに耐えられない。駐車場の車の中でぎりぎりまで待って、できるだけ短時間で診察をすませる工夫もしてきたけれど、それさえもできないくらい、今は聴覚過敏がひどくなっている。リスクを覚悟の上で、専門外の病院で受診するしかない。
とはいえ、はしかや肺炎といった本当に大変な病気だと思えるときには、どんなに嫌がっていても、小児科に連れて行くつもりでいるけれど。
昔みたいに、往診してくれる小児科医がいたら助かるけれど、小児科医の数自体が減っているんだから、そんなのは夢のまた夢だわね。
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でも、そんな中、この3月に退職して行かれたE先生から、思いがけず手紙が届いた。先日の歓送迎会でお会いしたものの、私が用事で途中で退出してしまったものだから、わざわざ手紙を書いてくださったのだ。
その中に、こんなことが書かれていた。
「以前ならお母さんから『昇平は○○○が困難、とか苦手」とかを周りに言っていらっしゃったことが、自分で自分のことが伝えられるようになったことはステキですね。もちろん充分でない分は、支援をはずすことはできませんが……。昇平くんがそんな場に遭遇したら、『僕は、こういうことが苦手なんだ』『〜がつらいんだ』 例えば『僕は、友達とか赤ちゃんの鳴き声を聞くと、とてもつらくて耳をふさぎたくなるんだ。勉強に集中できなくなるんだ。しばらく(泣き声が止むまで)自分の教室に戻ってきていいですか?』とか伝えると、『いいよ』or『戻るのは今はだめなのでこうしよう、こうしてみたら』とか、周りで先生が友達が昇平くんの個人の理解を深めると共に、困難を解消使用とする言動のコミュニケーションを起こしてもらえることになりますよね。そうすれば、ますます生活しやすくなると思います。」
E先生の暖かい文章はこの後もまだまだ続くけれど、なんだか、これを読んで本当にことばにできないくらい嬉しい気持ちになった。
そうなんだよね。昇平自身の困難は変えられないのだけれど、自分からそのことを周囲に伝えることができるようになれば、きっと、周りだってそのために手を貸してくれるようになってくるんだよね。
そして、退職してもなお、こんなふうに気にかけて暖かい手紙をくださるE先生の優しさが、ありがたくてありがたくて……。
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今日は実は、小学校の遠足だった。
5年生は隣町の大きな公園まで往復12キロの道のりを歩き、昔の建物を見学したり、公園で遊んだりすることになっている。昇平も、今年は初めてゆめがおかの先生の付き添いなしで参加することになっていた。そのための打ち合わせも、先日の家庭訪問でしたのだけれど、さすがに今の体調でそれだけの距離を歩くのは不可能なので、今回の遠足は見送った。
実は私としてはそれが残念だったのだけれど、E先生からの手紙を読んで、なんとなく考えが切り替わった。
新学期が始まってからここまで、昇平は新しいゆめがおかや協力学級に慣れるので精一杯でいたわけだから、焦らずに、ここらでエネルギー充填しておくのも大事なことだ。新しい協力学級のお友だちとの関わりは、きっとこれからも、いろいろな場面でチャンスに恵まれるだろう。
時間はまだまだたっぷりある。
今は、この発熱と連休を利用して、しっかり休んで、心身のエネルギーを補充する時。
そうしたら、連休明けに、きっとまた元気に学校へ通い出すことだろうと思う。
大事なことは、そう多くはない。
そして、一番大事なことさえ押さえてやっていけば、きっと、けっこうなんとかなっていくものなのかもしれない。
漠然とだけれど、そんなことを考えている。
[06/04/28(金) 14:03] 学校 日常 発達障害